2022年9月2日金曜日

病理の話(692) 5W1Hをひとつお忘れですよ

 以前にこのような記事を書いた。


病理の話(691) 5W1Hって偏ってるよね


でもこれ読んだ人にすぐ言われたんだけど……5W1Hの分類をぼくが普通にまちがっている。


What:何が?
Where:どこ?
When:いつ?
Why:なぜ?
Which:どっち?
How:どのように?


いやいや、whichじゃなくて「who:誰が?」だよね。うっかりしてたわ。



この記事の意図は「病理診断を書くときに5W1Hを意識すると強い」ということなんだけど、診断を書くときに「誰が?」を意識するという概念があまりなかったので、ついうっかり、which(どっち?=選択)を入閣させてしまった。5W1H改造内閣である。



記事には冒頭付近に追記をして「whoを忘れてました」と書いてヨシとした。


しかし、その後、(……よく考えると、病理診断を書くときにWHOも意識するよなー)ということに気づいた。

WHO。世界保健機関である(ダジャレじゃん)。





病理診断のための教科書はいっぱいあるのだが、なかでも、WHO:世界保健機関が策定している、通称blue bookと呼ばれる本を用いて、多くのがんの診断が行われる。





ここには世界中の医師・学者がまとめてきた論文をもとに、全身のあらゆるがんの疫学、診断のヒント、分類などが詰めこまれている。ちなみに1冊だけではなく、臓器ごとにわかれていて何冊もある。上の写真は「消化器」、すなわち胃腸、食道、肝臓、膵臓、胆道などがまとまっている号だ。



というわけで真の5W1Hを考えても病理診断はできる。whoはWHOである!



……とまあダジャレ的に終わってもよかったのだけれど、もう少し考えてみよう。「who:誰が?」を考えながら診断をするということも、じつはある。



病気というものは、どのような年齢の、どのような性別の患者かによって、出る頻度がガラッと変わるのである。つまり、顕微鏡で細胞だけを見るときに、その細胞が「どういう患者から採取されたか」……すなわち「誰から採取されたか」によって、考える診断が変わってくるのだ。

たとえば、膵臓の粘液性嚢胞腫瘍(ねんえきせいのうほうせんしゅ:MCN)という病気がある。けっこう珍しいがたまに遭遇する。この病気は、なんと、男性には発生しないことで有名だ。女性にしか出ないのだ。

したがって、細胞をみて、「あっMCNだな」と思っても、その患者が男性だった場合には、「違うのか、MCNに似た姿を示す別の病気なのだな」と考えをあらためなければいけない。

かつて、男性だけどMCNを発症した、という患者の報告がわずかにあった。しかし、そのような症例は、後に再検討したところ、次のふたつのパターンにあてはまることがわかった。

1.MCNという診断が間違っていた。

2.男性だと思ったが男性ではなかった。

「2.」がびっくりであるが少し考えると納得する。外性器の表現型は男性だったが、体内には女性の痕跡も残っていた、ということだ。これがいわゆる両性具有だったのかどうかまでは確かめていないけれど……。



「えっ、細胞みるだけでなんでもわかるわけではないの?」



いやいや、細胞って超むずかしいからね。典型的な病気だとまあ細胞だけでもわかるんだけど、ふつうの病理医は、顕微鏡だけではなくて、血液検査のデータ、CTや内視鏡などの画像、そして、患者がどういう人なのか、どういう生活を送ってきているのか、年齢、性別、タバコは、酒は、これまでにかかってきた病気は……みたいなことを全部総合して、なんとか診断にたどり着こうとする。


したがって、「病理診断報告書に書くかどうか」はともかくとして、病理医はやっぱり「5W1H」をすべて意識しているのだ。whichを加えたら6W1Hだなあ。


……あっ、whoseは……?