2022年9月14日水曜日

病理の話(696) 主治医のために写真を撮ります

けっこうよく頼まれるタイプの仕事がある。電話がかかってきて、だいたいこんな感じで切り出される。



医師「○○科の△△です、今よろしいですか? ありがとうございます。じつは、写真を撮っていただきたいんですが……」

ぼく「OK、そしたら一番いい衣装着てスタジオにおいでよ😉」




これをやったらたぶんぼくはもうここにはいない。

実際にはこうである。



医師「○○科の△△です、今よろしいですか? ありがとうございます。じつは、写真を撮っていただきたいんですが……」

ぼく「はい、かしこまりました。では(患者さんの)IDか病理番号を教えてください」

医師「~~です」

ぼく「ありがとうございます。どのような症例を、どう発表なさいますか?



発表。学会発表である。

臨床医が病理医に「写真を撮って欲しい」という場合、それは、病理検査室ですでに撮影してある臓器の生写真か、あるいは、病理医が診断するときに見たプレパラートの拡大写真をほしいということなのだ。

患者からとってきた臓器を切って、肉眼で見て、写真を撮って証拠として保全し、さらに切り出してプレパラートを作成し、顕微鏡で見て診断をするのが病理診断。

この病理診断は、確度がとても高く、いかなる細胞がどのように配列しているかによって病気の種類や広がりがよくわかる。

なので、臨床医が「珍しい病気」や「教育的な症例」、「非典型的な経過をたどった患者」などを学会で発表してほかの医療者に見せようと思うとき、病理学的な証拠を添えるのは非常に大事なことなのだ。

イメージとしては水戸黄門の印籠に近いものがある。「これを見ろ! 文句ないだろう!」という印象を与える。


で、ぼくは、このように主治医から「写真を撮ってくれ」と依頼をされると、これまでの経験に基づき、「臨床医がどういう発表をしたがっているのか、どういう病理写真があると便利なのか」を予想して、顕微鏡写真を撮影するのである。



医師「……はい、今度の外科学会地方会で(※ひとつの例です)、A病だと思って手術したらじつはB病だった、という発表をします。その病理の写真をいただきたいのです」

ぼく「かしこまりました。発表の形式はオーラル(口頭発表)ですか、ポスターですか?」

医師「オーラルで、発表6分、質疑3分です」

ぼく「では病理にはあまり時間かけられないですね。それでは、パワポスライド1枚に4枚程度の写真をレイアウトしたものをお渡しします。発表はいつですか?」

医師「近くて申し訳ないんですが、再来週の土曜日です」

ぼく「わかりました、じゃあ今週中にご準備しますので、できたらご連絡しますね」

医師「よろしくお願いします!」




病理医がプレパラートの写真を撮るにはそれなりに時間がかかる。臨床医が発表する内容を理解して、「どういう写真を撮ってわたせば、その主治医が発表しやすいか」というところをよく考える。ときには、提示する学会のタイプに応じて、写真の撮り方を変えたりもする。

具体的には、たとえば……。CT画像とプレパラートの組織像とを照らし合わるのが一般的な学会の発表ならば、CTと「同じ向き」で病気があらわれている写真を、少し引きの、ロングショット気味の画角で撮影すると聴衆のウケがいい。

逆に、拡大内視鏡という、細かく臓器の表面を観察するためのデバイスを用いる学会では、プレパラートの写真もしっかり拡大をあげて、主治医が内視鏡でみたものとうまく照らし合わせられるようなズームアップ気味の画角を用いる。

消化管系の学会ならば細胞のおりなす高次構造を解説すると主治医が知りたいことに答えやすく、軟部腫瘍系の学会ならば免疫染色のデータをわかりやすく一覧にすると親切だ。


そういったことを考えながら、しまってあるプレパラートを出して整理して写真をとるのに、若い病理医や忙しい病理医だと、1週間~2週間くらいはかかってしまう。写真くらいすぐ撮れるやろ、というものでもないのだ。「ウォーリーを探せ!」の絵本の中から、ウォーリーと、ウォーリーに似ているけれど間違いそうなのが両方入った画角の拡大写真を撮れ、と注文されたらきっとすぐには撮れないだろう、それと似ているかもしれない。


何より、臨床医の学会発表のスタイルをわかっていないと、病理医はうまく写真が撮れない。これはどう説明したらいいだろうなあ……俳優さんが、雑誌にポートレートを送ってくれといわれて、はいはいいつものこれでいいですね、と宣材写真を送ったら、違う、今回はゲーム雑誌だから、ゲームをしているところの写真が欲しいんだ、みたいにあとから注文を出される、みたいな感じだろうか。病理の写真が使われる場面にもいろいろな種類があり、病理の説明にあまり時間をかけたくない発表と、病理こそがメインとなる発表では写真の撮り方も変わってくる。


ぼくは主治医からのオファーになれているほうの病理医なので、だいたい数日で写真を撮ってしまう。この数日というのも、実際には、「一つの症例に2時間じっくり向き合うだけのスケジュールを捻出するのに数日かかる」だけで、写真自体はあっという間にご用意できる。ただ、写真を撮ったあとで臨床医に、「プレゼンにうまくハマるかどうか確認」してもらう必要があるので、やっぱり早めに相談してくれたほうが何かといい。正しく便利に病理をお使いください。