2022年10月27日木曜日

病理の話(710) 患者のためというだけではなしに

特定の病気を例にあげてしまうのはあまりよくないのだが……。

たとえばクローン病という病気や、好酸球性副鼻腔炎という病気を診断するときには、病理医の存在は欠かせない。

病理医が顕微鏡を用いて、「あの所見」がありました! と見つけることで、診断がほぼ確定するからだ。診断がきまれば、治療法も決まるから、大切なことですよ。

これらの病気の診断に、絶対に病理医が必要なわけではないのだけれど、ほとんどの主治医は、内視鏡などを用いて患者さんから少量の検体を採取し、病理検査室に提出する。

病理医は、顕微鏡サイズの、0.1 mmにも満たないような変化を見出す。それによって、病気に診断名がつく。

診断がつくだけでなく、患者が「医療費助成(高額な医療費を国などに代わって払ってもらうこと)」をする際にも、「病理医がソレを見つけた」ということがかなり有利に働いたりする。



いちおう念を押しておこう。

医者側が「診断名を決めたいから」病理診断をするのではない。患者にとって得があるから病理診断をするのだ。

そりゃそうだよね。患者プラス国の税制・医療保険制度がお金をしはらうことで医療行為はなされるのだから、あらゆる医療行為はお金をはらう当事者(=患者)にとって「うまみ」がないといけない。

あらゆる病理診断は、なんらかのかたちで、患者にとってメリットをもたらすものでなければいけない。





……しかし、じつは、「患者にとってはさほど重要じゃないけれど、病理診断を深めることで医者が喜ぶ」というケースもけっこうある。

勘違いしてほしくないのは、「医者のためだけに病理診断をするケースはない」ということだ。くり返すけれどあらゆる病理診断は患者のためになる。しかし、「せっかく患者からとってきた検体なので、大事に大事に、とことん見まくって、この患者のためだけではなく、さらに広い目的のためにも使う」という目的が、たいていの病理診断の裏にはひそんでいる。



たとえばクローン病という病気では、診断に役立つ「非乾酪性類上皮細胞肉芽腫」を見つけることが、病理医にとっての大切な仕事だ。それは患者の役に立つからきっちりやるとして、でも、それ以外にも、たとえば閉塞性リンパ管炎を意味するわずかな所見や、同じ検体の中にも炎症のムラがあるという所見を拾っていくことは医者にとって意味を持つし、プレパラートを見るだけでなく胃カメラ・大腸カメラの像を主治医といっしょに眺めて、ここの潰瘍のかたちはいつものクローンと同じ/違うなあとディスカッションすることも、(最終的には患者のためになるのだが)かならずしもその瞬間で患者に貢献しているとは言いがたいくらいマニアックだけれど医者にとってはめちゃくちゃ役に立つのである(早口)。



なぜ早口で一気にダーッと書くか?


それは、「直接患者の役に立つわけではない仕事」をもやっている自分の仕事に対して、誇りはあるし自信もあるのだが、こうして世の中に堂々としゃべってしまうことにちょっとした抵抗を感じているからである。

病院から出る給料は、病理医の、「患者のためになる能力」だけではなく、「医療者のコアにいて医療現場の知恵を担当する役割」にも支払われている。それは間違いないと思うし、正しいことだと思う。でも、その給料は元をたどると、国民から徴収した医療保険のお金、そして患者がしはらったお金なので、「遠回りで患者の役に立つ仕事をいっぱいしています」と堂々と言い切ってしまうことに、未だにウッ大丈夫だよなというためらいと、エクスキューズ(言い訳)と、確認作業が必要な気がしてしまうのだ。



いやその、けっきょくのところ、医者が育つことは患者のためになるからいいんだけどあんまり偉そうな顔してるのもアレじゃんと思って(早口)。