タイトルだけ書いてみてほとんどエヴァンゲリオンじゃんと思った。今日の内容は、最近ぼくが気になっていることです。以下も、知ってることを書いたものじゃなくて、「調べながら書いたもの」になります。
先日、ある講演を聴いた。講師はぼくが大学院にいたときの一つ上の先輩で、国立感染症研究所の感染病理学部門の部長。米国CDC(感染症医療の元締めみたいなとこ)へ留学されていたこともある。最近の業績もものすごい。責任著者としてつい最近Natureにオミクロン関連の論文が載ったりもしている(しかもそれだけじゃないのですごい)。
講演はすごくおもしろかった。ただし今日ぼくが書きたいのは、講演の本筋とはちょっと離れる。
部長は、講演の冒頭で、
「感染症の病理学で調べるべきことは2つあると思う」
と言った。
それが今日のブログのタイトルであるエチオロジー(etiology)とパソジェネシス(pathogenesis)である。
こうしていきなり「英単語で殴られた」場合、まずやることはグーグル検索ではなかろうか。ぼくも「なんじゃそれ」と思ったのでまずググった。
エチオロジーの日本語訳は「病因」。病気の原因。
そして、パソジェネシスをググると、同じ「病因」。
あらまあ、ググるだけだと両者の違いがわかりにくい。手強いね。
お察しのとおり、このふたつはニュアンスが異なるのだけれど。
部長の話やその後調べた話を総合すると、エチオロジーの意味は「病気の原因そのもの」で、パソジェネシスのほうは「病気が成り立つメカニズム」だという。
例をあげて考えよう。
「昨日の夜からノドに違和感があり、今朝になって発熱して急に全身のだるさが出現し、ノドの痛みも強くなったので病院に行って検査したらコロナだねと言われた」
この方の病気のエチオロジー(病気の原因)は、「新型コロナウイルスが体に侵入したこと」である。
「エチオロジーを知るには検査すればいいってこと? わかりやすいね!」
まあそうなんだけど……etiologyがいつもわかりやすいとは限らない。そもそも、新型コロナは昔は未知の感染症だった。「なんか高熱が出て風邪症状が出てたいへんな病気が出てきたぞ?」となって、世界中の科学者が「この病気のエチオロジー(病因)はなんなんだ!?」とやっきになって調べてようやく、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)というウイルスが同定された。
エチオロジー(≒SARS-CoV-2)がわかったからこそ、ウイルスに対する検査試薬が開発され、培養細胞などを用いた研究も編み出され、ワクチンや治療薬も模索できるようになった。
病気のエチオロジーを知ることは、医学の進歩にとって不可欠である。
そして、ぼくらはつい、「原因がわかれば病気は倒せる!」と思ってしまいがちだ。
でも、じつはエチオロジーだけでは足りない。
病気を解き明かすにあたって、調べるべきは「原因」だけではない。エチオロジーから、何がどのように連鎖して、患者の具合が悪くなっていくのかという、「原因が結果にむすびついていくメカニズム」を知らないといけないのだ。これがパソジェネシスである。
パソジェネシス pathogenesisの「パソ」は、病理学 pathologyという単語にも用いられている。これらは病という意味だ。
そして、ジェネシスは、新世紀エヴァンゲリオン Neon-genesis Evangerionにも使われているように、創世記(あれ?そういえば新世紀ってこっちの「紀」なんだな)という意味を持つ。創世記、すなわち神がどのように世界を創っていったかという「形成過程」をあらわすのである。病気という世界がどのように形成されていったか……がパソジェネシスに込められた意味となる。ジェネレータ、とかとも同じ語源だろう(ちゃんと調べてないけど)。
では、新型コロナウイルス感染症のパソジェネシスとはどんなかんじか?
SARS-CoV-2というウイルスは、細胞の「あるパーツ」を好んで取り付き、細胞の中に入り込む。そして、その細胞の中でぐんぐんと増殖し、周囲の細胞に次々感染していく。ただし、どのような細胞であっても中で増えられるかというと、じつはそうではない。たとえば肺のII型上皮という細胞の中ではバリバリウイルスが増えるが、マクロファージという細胞の中では増えることができないようである。肝臓だとか心臓といった細胞の中にもウイルスは感染できるのだけれど、そこで肺のII型上皮と同じくらい増えられるかというと、「増えるときもあるが、増えないときもある」ようだ。どうもウイルスにも居心地のよい場所と、居づらい場所とがあるらしい。
そして、SARS-CoV-2は一部の細胞でただ増えるだけではなくて、細胞に変化を来す。つまりは「悪さをする」。これが症状を来すメカニズムのひとつめだ。でも、ひとつでしかない。
新型コロナ感染症においてはウイルスそのものだけが問題になるのではない。そのウイルスを攻撃して排除しようとする「免疫」という名の警察が、強い武力をもってウイルスを攻撃するあまり、周囲の細胞まで攻撃してしまう、いわゆる過剰防衛によって体がダメージを受ける。こちらのほうが問題なのではないかと言われている。
怪獣が現れて街を破壊するとき、ウルトラマンがやってきて怪獣と戦うと余計に街が壊れるだろう。しかし、怪獣を放っておくとほかの街にも被害が出るかもしれず、とりあえずその街だけ壊されるのは仕方ない。とはいえ、ウルトラマンが怪獣を倒そうとするあまり、強すぎる技を使ってしまえば無駄に街を破壊することになるだろう。ここはバランス問題なのだ。おまけに、ウルトラマンにもいろんな種類があって、スペシウム光線を使うやつだとか、アイスラッガーを使うやつだとか、さまざまだ。免疫もこれに似ている。人それぞれに備えている「ウルトラマン」の種類が微妙に違っていて、同じ怪獣がやってきたとしても街(=人体)の破壊のされ方が異なる。
たとえば患者が若いか、年をとっているか。
ワクチンを打っているか、いないか。
すでにコロナにかかったことがあるか、ないか。
そういった状況が複雑にからみあって、同じエチオロジー(SARS-CoV-2感染)であったとしても、その後たどる経過(パソジェネシス)が人によって異なる。
エチオロジーとパソジェネシス、「病原体」と「メカニズム」。その両方を研究し、対策を考えることが、感染病理学でやることだと部長は言った。そしてこれは感染症に限った話だけではなく、あらゆる病気でやることだよね、とも。なるほど、病理学で調べるべきものは、病気の原因とメカニズム、両方なんだな。よくわかりました。