2017年10月12日木曜日

病理の話(130)

細胞の良悪(命に関わるか、そうでないか)を判断するとき、しばしば参照されるのが「細胞核の大きさ」である。

大きさ。

大きいか小さいか。

細胞核が普通よりも大きければ悪性の可能性が高い。

あるいは、ごつごつ感。

細胞核が普通よりもごつごつしていれば、がんっぽい。

実にあいまいな尺度ではないか! そんな、人によって判断が変わるような基準で、がんかがんではないか、人間の一生に関わる問題を診断するなんて。なんて主観的なんだ! 病理診断は病理医の胸先三寸で行われているッ!



みたいな話を(主にネットで)目にすることがあるんだけど、ま、心配しなくても、これに関してはそうそう問題になるケースは多くない。


実は、核の大きさとかごつごつ感とか、クロマチンの量とか核膜の不整さとか、核小体が目立つかどうか、といった尺度は、思ったよりも「アナログ」ではない。

核の大きさが「小」「中」「大」として。

「小」と「大」が多いのだ。「中」が少ない。

ごつごつ感の強さが「弱」「中」「強」として。

「弱」と「強」が多いのだ。「中」が少ない。



何を言いたいのかというと、どんな病気の病理診断においても、「あきらかな異常」がどこかにみられることが多く、「中間的で、迷う」ような所見は意外と少ないのである。



これにはおそらく理由がある。

核が大きくなり、形もごつごつになるというのは、核の中に含まれているクロマチン≒DNAの量が異常に多くなり、容れ物の中におさまりきらなくなるためだ。いわゆる増殖異常のサインである。

この「DNAの増殖異常」には、基本的に、はどめがかからない。

正常の細胞では「制御がはっきりしている」から、核の大きさは小型で均一に留まっている。

しかし、がん細胞では「制御がきかない」のだ。やたらめったらとDNAが複製されまくる。

「ほどよく1.5倍くらい増やそう」とか、「まあせいぜい2倍にしておこう」みたいな遠慮は、がんにはない。

「とにかく無制限でゴー!」となっているのが、がんだ。



「弱」「中」「強」のカテゴリーにわけるとするならば、「中」で留まっているケースは意外と少ない。異常があるならひたすら「強」として出てくる。



だからこそ、人間がプレパラートで見てもはっきりわかるくらいに、細胞のカタチとして異常を見つけることができるのだ。



毎日細胞を見ていれば、9割5分くらいの細胞は、秒単位で「いいか悪いか」を判断することができる。もちろん、残りの5分では十分に迷わなければいけない。

毎日細胞を見ていれば、「弱」と「強」の区別はなんなくつくようになる。5分の「中」ではもちろん迷うが。



……「毎日細胞を見ていれば」。

毎日細胞を見ていないとどうなるか。

弱と強の区別がつかないのである。だから、ま、素人から見ると、病理診断というのはとても主観的に見えてしまう。

まあもう主観的ってことでいいけど。

けど主観にも根拠があるよってことは知っといてほしいナって思う。





今の「ナ」が気持ち悪いと思った人、それを主観というのです。