「たとえば、インフルエンザの診療があるでしょう。子供が熱を出すわけです。昔であれば、外来にかかって、そこから2時間とか待っていなければいけなかった」
ーーそうですねえ。そうでした。
「でも、今は親御さんはとにかくそんな風邪まみれの外来で、待つのなんてイヤなんですよね。だから、病院側も、いろいろ知恵をしぼる」
ーー知恵を。病院側が、ですか?
「ええ、病院側が、です。たとえばスマホで予約をできるようにする。何時間後に来てくれと表示を出す」
ーーああ、そういう。
「そうすれば、待たなくて済むわけです。で、いざ病院についてから、医者がやることが、まあおなかをそんなに丁寧に触るわけでもなくてね、時期的にインフルエンザが流行っていて、外来も大混雑の中で、とりあえずちょろっとお話を聞いて、それから鼻の奥に棒をつっこむわけですよ」
ーー迅速検査ですね。
「実際、お医者さんなんてのは、患者さんが入ってきたときの雰囲気とか、話してみたときの感じとか、バイタルサインとか、首を触ってリンパが張れているかどうかとか、肺音とか、いろいろ瞬間的に、見ていらっしゃる。
でも、患者とかその親からすると、そこまで見てもらってるようには見えないわけです。まあ達人技なんでしょうな。
つまり、患者さんの側としてはね、
『インフルで病院かかったらインフルの検査されて、インフルの薬出してくれた』
みたいな捉え方をしてる、ってことです。すごくシンプルだ」
ーー……。
「そしたらね」
ーーはい。
「今後、たとえばAI診断がめちゃくちゃ進んだとして、家庭でもスマホでだいたいの診断がつけられる時代ってのは、来ると思うんですよ。インフルエンザの可能性が89%、みたいに、情報が瞬時に表示される」
ーーうーん、そうですね。89%じゃ困るんだけどなあ。
「けど、それ、患者側は、どう思いますかね」
ーーどういうことですか?
「9割がたインフルだって教えてくれる。そして、そのころは、あるいはインフルエンザの特効薬なんてのは、薬局で薬剤師さんが出してくれるかもしれないんです」
ーー……。病院がいらなくなる、と……? でも、万が一の鑑別とかをしてくれる安心感とかは……。
「それを決めるのは、たぶん、医者じゃないです。お医者さんが、我々には存在価値がある、給料に見合った仕事をしているといくら声高に主張しても、そのときそのときの患者さんが、まあこれくらい……ちょっと熱はかって、棒つっこんで、陽性ならインフルで薬がポン……これくらいなら、医者じゃなくても、AIでいいやと判断するかもしれない。そしたら、それまでなんですよ」
ーー自動診断の世の中では、患者さんが医者のメリットとAIのメリットを天秤にかけてしまう、ということですか……?
「風邪くらいならいいだろう。インフルならいいんじゃないかな。癌ならともかく。そう考えてしまう患者さんの自己選択が、AIによって左右される。きっと、89%はうまくいくんです。そのような世の中で、高給をもらって専門職を遂行している医者の存在価値って、なんですか?」
ーー……。
「AIが医者の仕事を奪うなんてありえない、医師の仕事はもっと複雑だ、医師はAIを使いこなす立場なのだ、って、言うのは簡単ですけど。患者さんの側も、同じように考えるかどうかは、これから次第なんじゃないですか」
ーー……。
という話を、しました。