2017年11月8日水曜日

脳だけが旅をする

大学時代、ときおり、寝台列車に乗った。

……スマホで「しんだいれっしゃ」と入力しても、一発では変換されない。昭和は遠くなりにけり、である。

知らない人もいるだろう。

普通、列車というものは、真ん中に通路があり、両端に座席がある。

これに対し、寝台列車の場合は、列車の片側に通路があり、窓に面している。そして、もう一側にコンパートメントが並ぶ。

ハリー・ポッターなどを見ていると、欧米の列車というのはだいたい、通路が片側にあって、コンパートメントがもう片方に寄っているが、あんなかんじだ。

寝台列車のコンパートメントの中には、座席の代わりに、二段ベッドが二組ずつある。

どこも、ひどく狭い。

上の段であぐらをかけば、天井に頭が触れるくらいのやつだ。



ぼくらはこの寝台列車に乗って、秋田、岩手、山形などに遠征をしたのだった。剣道部時代の話。

大学生は酒ばかり飲む生き物だが、狭くて揺れる寝台列車では、なぜかみな、無口になり、酒もそこそこに寝台のカーテンを閉め、あるいは夜中にこっそり起き出して、通路の小さな非常座席をひっぱりだして、窓の外に広がる漆黒をだまって見つめて、やはり眠れなかったのであろう上級生に、「まあ、ほどほどにな」とか言われながら、まどろむタイプの夜更かしをしたものだった。

「深夜特急」を、寝台で読むのが最高だったのだ。

どうせ、暗くて、読めたものではなかったが……。






先日、とても狭いホテルに泊まった。

なんだかとても懐かしかった。

リネンが信用できない感じ。

となり近所のおじさんたちの寝息が聞こえるような錯覚。

ぼくは学生時代の寝台列車を思い出しながら眠った。

こういう時の夢というのは本当におもしろい。

会いたくなかった人たちがピンポイントで出てくる。

狭いホテルというのは旅情をかきたてる。

タバコ臭いバスタオル。

音がうるさい換気扇。

壁しか見えない夜景。

ダイヤモンドの形にぺこぺこにした、缶ビールの空き缶。

しまいづらい冷蔵庫。

夜通し、失恋を語っていた男。

中年にしか見えなかった当時の先輩が、今の自分より14も若かったのだということ。

ぼくは当時、何もかもわかっているくらいに、多くの言葉を使っていた。

夜の雲も意外と見える。

ラムをコーラで割る。

サザンが好きな店主。

寝台列車で読んだ本。

旅先で撮った写真。

一枚も手元に残しておかなかった写真。

ぼくは狭いホテルの一室で写真を撮った。

どうせ現像もしないのだ。だってぼくは、22歳の日々をこんなに覚えているけれど、30歳の日々も、35歳の日々も、もうなんにも、なんとも思っていないのだから。