2019年7月30日火曜日

カネサビルには行かなかった

剣道部時代の先輩たちと飲んだ、うち数人は20年以上会っていなかったのでとても懐かしく、うれしかった。

ぼくらが所属していた医学部剣道部は、全学剣道部(本来の北海道大学剣道部)よりも少し遅い時間から練習がはじまる。医学部は授業が多く、実習もあるので、ほかの学部と同じ時間で練習をはじめようと思ってもできない。さらに医学部生には独自の大会も存在する。だから別枠だったのだ。

医学部剣道部とはいっても、所属している人たちは医学部とは限らなかった。ゼミが遅くなりがちな他学部の学生や、近隣の別の大学から修行にくる学生などは、遅い時間に練習しているぼくらの部活を好んだ。

逆に、医学部生であっても、なんとか授業をサボ……うまく調整して、全学剣道部の練習に参加しようとする人間もいた。全学剣道部のほうが部員の体力が少し高く、練習メニューも違うので、両方に顔を出して強くなろうとする医学部生も少数だがいた。

必ずしも医学部生のほうが剣道が弱いわけではないというのがまたおもしろいところだった。



こないだ会った先輩たちはみな「医学部剣道部」の人たちだったのだが、実はこの部活は、ぼくが大学を卒業した後、数年してなくなってしまった。全学剣道部と統合してしまったのだ。事情はよく知らないのだが、ある年を境に急に剣道部が吸収合併されてしまったため、ぼくらはOB会などを結成する間もなくちりぢりになってしまった。

今回先輩と会えたのは、ほそぼそと連絡をとりあっていた少数のメンバーたちが、Facebookなどを使って再結集したからだ。ひとむかし前だったらそのまま離散して、再び会うことは極めて難しかったろう。SNS時代に感謝するほかない。



あらためて先輩たちと会って酒を飲んで思ったのだが、どうやらぼくのしゃべり方の大部分は、18歳、19歳のころに大学で出会った先輩たちにかなり影響を受けているということだった。とても意外だった。

目の前にぼくがいるのだ。それも、一部分ずつ。

先輩たちはみな、完全にぼくとは違うしゃべり方、ぼくとは違う性格、ぼくとは違うポジション、ぼくとは違う人生。会話は尽きず、ぼくはゲラゲラ笑いながら、ときおり、「今の瞬間をぼくはマネしていたのか」「今のしぐさをぼくはパクっていたのか」と、ひそかに驚いていた。




ぼくは飲み会の最中、基本的にはリアクションだけをしながら、無口であった。ぼくが無口なのに飲み会はぼくがいつも経験しているような、ぼくがよくしゃべるときの雰囲気をまとっていた。

ああ、そうか、ぼくは、これをやりたかったんだ。ひとりで。

そう思えた。帰りの地下鉄に乗りながらぼくは20年前のあれこれをゆっくりと思い出し、気づいたら降りるはずだった駅とはまったく違う駅で降りていた。心ここにあらずだな、と思った。心はあのころにあった。そういえば学生時代、強くもない酒を飲んだ翌朝、始発で自宅に帰ろうと思って、地下鉄の中で眠ってしまい、終点で目が覚めて反対方向に乗り、またそこで眠ってしまい反対側の終着駅にいる、というのを4度ほど繰り返したことがあった。もうあんなに寝過ごすことはないな。「寝過ごせるくらいに幸せだったときのこと」をほろほろと思い出していた。それはとても幸せな時間だった。