2020年9月1日火曜日

病理の話(449) 顕微鏡内のモノサシ

 顕微鏡で細胞を見ているときに、レンズの向こうに見ているものの「サイズ感」を知りたくなることがある。


たとえば、がん細胞の「核」は、正常の細胞の核に比べると大きく膨らんでいることが多い。核の中には細胞をコントロールするプログラムが入っている。かの有名なDNAだ。


DNAのいれものである核が大きく膨れるというのはただ事では無く、したがって、「核がふくれる細胞」というのは基本的に異常だと考えて対処する。


ただ、ここで気になるのがサイズ感である。ふくれると言っても、どれくらいふくらんだら異常なのか? なんとなく、では診断にならない。だから基準が必要になる。


病理医が「サイズ」の基準として使うものは、基本的に、近隣に存在する「正常の細胞」だ。


たとえば大腸がんをみるならば、そのまわりにはがんになっていない「正常の粘膜」があるはずなので、そこにある細胞の核を見て、比べる。


正常の核に比べてサイズが2倍くらいになっている、というように、数字であらわすことができれば、世界のどこにいる人相手にも「その異常さ」が伝わるであろう。


病理診断をするときにはこのように、「ユニバーサルに誰にでも通じる基準」を持っていた方がいい。「ことばにできない」のがもてはやされるのは小田和正だけだ。





ただまあ基準が一つしか無いというのも心許ないので、たとえばぼくはいくつかの基準を持っている。


赤血球1個のサイズがだいたい6 μmくらいだ、というのはその一例である。(生体内の赤血球は7~8 μmと言われるが、ホルマリン固定後の顕微鏡プレパラートだと5~6 μmに見えることが多い)




そして、基準ではなくそのものずばり、サイズを測ってしまうこともできる。


「マイクロメーター」というのを使う。


右目の接眼レンズの中に……




内臓されている、モノサシ。上にちょっと見切れてる(スマホで写真撮ったのでボケててすみません)。



対物レンズ10倍×接眼レンズ10倍の100倍視野で、この小さな目盛りひとつが10 μm。



たとえば一部のがんの診断においては、がんがある領域からある領域に向けて「何百マイクロメートルほどしみ込んだか」によって、その後の治療方針に影響が出るほど細かい診断が行われる。


そういうとき、たとえばぼくが、「ざっくり1000マイクロメートルくらいじゃないッスかねー」と診断することはやはり許されないだろう。




……今の一文、ぼくにとっての「雑な人間」の基準が「ッス」であることがわかる。しょぼい基準である。