これまで多くの病理医と出会った。
学会で出会う病理医とは、学問の話をしたり趣味の話をしたりする。どういうことを考えるタイプなのか、どういう言葉使いをするタイプなのか、みたいなことは、会って話すことでそこそこわかる。……別に病理医に限った話ではないが。
ただ、「どういう病理診断をするタイプなのか」に関しては、会って話すだけではわからない。もっと専門的に見極める方法がある。
ある病理医がどういう診断をする人なのかを端的におしはかる方法として、「その人が書いた病理診断報告書(レポート)を読む」というのがあげられる。
自分が診て考えた細胞のすがたを、他人にわかりやすく伝えるために、どういう言葉使いをしており、どのように文章をレイアウトしており、どれくらいの写真を添付しているか。
レポートには、その病理医の人となりがにじみ出ている。
神経質そうか、おおざっぱか、みたいなこともだいたいわかる。「その人がどれだけ本気で患者のことを考えているか」みたいなものすら、伝わることがある。
けれどもたぶん、レポートだけでもまだ足りないのだ。本当に病理医としてのなにかを見ようと思ったら、「となりで一緒に顕微鏡を見る」以上の手段はないと思う。
といっても顕微鏡を二台並べて診断をするというわけではない。神社の境内で3DSを持ったふたりの子どもがそれぞれ違うゲームをやっているような姿を想像してはいけない。
そうではなくて、1台の顕微鏡を2人以上の病理医がみる手段があるのだ。
いや、別に、接眼レンズの前で顔をひっつけあって、「お前右目でみろよ、俺は左目でみるからな」と、付き合いたてのカップルがイヤホンを分け合うような姿を想像してはいけない。
便利な顕微鏡があるのだ。集合顕微鏡という。
中央の顕微鏡にプレパラートを乗せて、真ん中にいる人が「ドライブ」すると、鏡筒(きょうとう)のつながった先にある接眼レンズにも真ん中の顕微鏡と同じものが写る。正式には「ディスカッション顕微鏡」と呼ぶことが多いようだ。
なんのことはない、単純なメカニズムだが、この顕微鏡はけっこう高い。
写真のがいくらくらいしたか忘れてしまったけれど、似たモデルのをネットで探したら約300万円とあった。レボルバーもコンデンサーも手動モデルのくせに、ずいぶんと値段がする。まあそうか、光学機器は精度が命、レンズが多けりゃそれだけ高くもなるか。
で、このディスカッション顕微鏡で、他の病理医と一緒に顕微鏡を見ると、本当にいろいろなことがわかる。
拡大するタイミング。
細胞のどこに着目しているか。
高次構造の診断にどれくらい重きを置いているか。
主観的な判断を客観的に記載するためにしている工夫。
どの細胞所見をもとに診断をしようとしているか。
「落とし穴」を避けるためにどのような気配りをしているか。
「念のため」の動きをどれくらい入れているか……。
集合顕微鏡でいっしょに顕微鏡をみた病理医の数。ぼくの場合はこれまで……30~40人くらいだろうか? 大学で複数の病理医と一緒に働いていたことがあるほか、国立がん研究センター時代にも非常に多くの病理医に指導を受け、最近も難しい症例などでよく他施設の病理医に相談しにいく。けれどそれでも40人くらい。まあ、北海道に100人しかいない病理医に、そんなに頻繁に会えるものでもないのだけれど。
この40人がみごとに違う。おもしろいくらいに違う。
かつて同じ施設にいたことがある人たちの顕微鏡操作は似ている傾向がある。おもしろい。しかし、細かく見ていると、ひとりひとり少しずつ異なっている。
顕微鏡の動かし方が異なれば、必ず思考回路も異なっている。
違う動かし方、違う思考回路から、それでも同じ顕微鏡用語……組織所見用語が出てくるとき、ぼくは、「スッ」と感動する。
「ああ、違う道を通って同じ山に登っているんだなあ」
もっとも、流派が完全に違う病理医だと、かたほうがエベレストに、かたほうがK2に登っていたりすることもあるのだが……。