くやしいがそういうものもあるのでちゃんと書いておこうシリーズ。
顕微鏡を用いた病理組織診断ではわからないこと。
1.「動き」
病理診断は、手術で摘出してきた臓器や、臓器の一部(ひとつまみ)を対象とする。とってきた臓器には当然のことながら血流がない。ホルマリンで固定し、色素で色をつけて、どれだけ詳細に観察しても「血液が流れているところ」はみられない。
そのため、たとえば心臓の弁膜症のような、「動きがわるくなる病気」についてはあまり貢献できない。循環器内科(心臓や血管をみる専門の科)の医者は、ごく限られたケースをのぞいて病理診断をオーダーしない。
心臓の動きを見るならプレパラートよりも超音波検査がいい。エコーというやつだ。ドックンドックンリアルタイムで脈を打つ心臓の壁の動きや、太い血管の中を流れる血流のはやさ・向きなどは病理よりもエコーのほうがはるかによくわかる。
2.「ウイルス」
細胞にウイルスがとりついて異常を引き起こすとき、その細胞が「形を変える」ことはある。奇怪な形状になって「あっ、何かのウイルスにとりつかれたな!」というのが顕微鏡でわかる。しかし、ウイルスにやられた全ての細胞が形を変えるわけではない……というかたいていは形がかわらないからあてにならない。なおウイルスの粒子そのものは小さすぎて光学顕微鏡では見えない。細菌はかろうじて見えるが、常在菌なのか病原菌なのかわからないこともある。顕微鏡は基本的に病原体探しには向かない。
むりに病理医が顕微鏡で見るよりも、感染検査室のような場所で専門のやりかたで検討したほうがよっぽど早くて正確である。
3.「血液に溶けているものの変化」
健康診断などで目にする「血糖」、「コレステロール」、「ビリルビン」などの、血液に溶け込んでいる物質は、「溶け込んでいる」というだけあって顕微鏡では見えない。糖尿病の患者において血中にどれだけ糖があるかとか、女性ホルモンが血中で多くなっているか少なくなっているかとかはぜんぜんわからない。
もちろん、これらの「溶け込んでいる物質」の変化によって、臓器に次第に目に見える変化が出てくることはあるので、そういう変化を見つけて間接的に「溶けているものの異常」を見出すことはできる。でもあくまで間接的である。
今見てきた理由で、循環器内科、感染症内科、代謝・内分泌内科からはあまり病理診断の依頼が多く出てこない。
しかし、じつは、「循環器病理学」も「感染症病理学」も、「代謝病理学」も「内分泌病理学」もきちんとした学問として存在する。病院でルーチンとして行う「組織診断」と、顕微鏡以外のあらゆる証拠をもとに病気のあれこれを解明する「病理学」とは意味が違うのだ。病の理はどんな病気に対しても存在する。ただそれを病理検査室で顕微鏡を用いてときあかすべきかどうかはケースバイケースだということである。