2017年6月16日金曜日

病理の話(90) 肝炎の細かなニュアンス

がん、とひと言にまとめても、胃がんと肝臓がんと血液のがんと皮膚がんでは、細胞から、しみこみ方から、何もかも違うのである。

「がんは命に関わる」という共通点がある……けれど、逆にいうと、それくらいしか共通点がない。

「食べ物は食べられる」くらいの意味でしかない。リンゴはアップルパイになるけど、だんごはアップルパイにはできないのだ。名前はほとんど一緒だけれども。




似たようなことを、病理の視点から、よく考える。考えてくれと頼まれる。




たとえば、「肝炎ウイルス」というのがある。B型肝炎とかC型肝炎という言葉を聞いたことがある人もいるだろう。

これらに感染すると、肝臓に「炎症」という名の、どったんばったん大騒ぎが起こる。

肝臓の細胞が壊されて、すかさず体はそこを修復しようとがんばる。

破壊と再生が繰り返される。すると、肝臓は、だんだん荒廃してしまう。端的に言えば、「硬くなる」のだ。線維が増えて硬くなる。

ちょうど、傷跡のかさぶたをめくり続けていると、そこがだんだん硬くなって、痕が残ってしまうように。線維化(せんいか)という現象が起こる。

完全に荒廃してしまった肝臓を、「硬変肝」と呼ぶ。名称としては「肝硬変(かんこうへん)」の方がよく用いられる。



さて、先日より取り組んでいるテーマはこの肝炎とか肝硬変だ。

実は、肝硬変というのはすべてウイルスが原因で引き起こされるわけではない。

脂肪沈着・脂肪肝が原因の、肝硬変というのがある。

自己免疫性肝炎という病気によって肝硬変になることもある。

これらは、ぜんぶ、「肝臓が硬くなり、荒廃してしまう」のだけれども……とても細かい話をすると、「硬くなる様式が違う」のである。

具体的には。

ウイルス性肝炎、特にC型肝炎のときには、肝臓の中に、ビルの鉄骨みたいなぶっとい線維がばんばん張り巡らされる。

これに対して、脂肪肝とか脂肪沈着が原因の場合には、線維が張り巡らされるというのは一緒なんだけれども、「ルパン三世が金庫室に忍び込むときに赤外線のセンサーが縦横無尽に行き渡っているようなイメージ」の線維化が起こる。

線維の太さが異なるのである。



ひと言に「硬くなる」と言っても、鉄骨ばんばんと、赤外線センサーびゅんびゅんとでは、その硬さのイメージが違う。触ってみても違う。超音波で見ても違う。血液検査も微妙に異なってくる。

こう考えてみれば当たり前のことなんだけど……。

これらの違いを、しっかりイメージするというのが、実は極めて難しい。


その難しい「違い」を、言葉を並べて延々と説明するよりも、もっと簡単に見極める方法がある。

それが「顕微鏡で肝臓をみてみる」ということなのだ。



肝臓すべてを顕微鏡でくまなく見る必要は無い。肝臓の一部、60000分の1くらいのわずかな量を、「味噌汁の味見をするように」ちょっとだけ採ってきて、顕微鏡で見る。

するとそこには、鉄骨とか鉄骨になりかけているやつ、赤外線ビームとかビーム寸前のやつ、などが、ちらほら見えてくる、という寸法である。



病理とは「やまいのことわり」と書く。それだけに、「なんで? どうして? どこが違うの?」のような臨床の質問(クリニカルクエスチョン)に、なんとか答えることができる……。

できたらいいな……

できるかもしれない……

まちょっと覚悟はしておけ、ということになる。