この間から「人事」のことを考えている。人事という文字を見続けてゲシュタルト崩壊したあげく、「人妻」に見えてしまうくらいには脳が疲れている。
偶然ではあるが、人事と人妻、この2つの言葉には、共通するニュアンスが秘められている様に思う。あるいは、言葉がもつ「言霊」的なものがちょっとだけ似ているように思う。
多分にぼくの個人的な印象でしかないが、両方とも、「あなたのためだ、と言いながら、実はわたしのためでもあるんだよね」というニュアンスを潜在的に秘めているように感じる。
いい意味、悪い意味、どちらでもない。
人事とは、「ひとを扱う事」であり、雇われる人のためという雰囲気をかもしだしつつも、実際には「雇う方がこれから楽に仕事をするために他人を配置しよう」というはたらきのこと。
人妻とは、「ひとの妻である」と従属するような雰囲気をかもしだしつつも、実際には主従関係を望むわけではなく、「自分の人生をよくするために、誰かの伴侶である状態を選んだ人」のこと。
ここには、あやうさが潜んでいる。
人妻の話をしたいのはやまやまだが、今日は人事の話をしたい。あやうい人妻の話とは最高に魅力的ではあるが、あやうい人事の話を書く。もっと具体的には、リクルートの話、新人採用の話について書こうと思う。ぼくは病理医だから、これから病理医になろうと思う若い研修医をリクルートするときのことを例にあげる。
新人採用人事を巡るよしなしごとにおいて、一番状況を複雑にしているのは、先ほど少し書いた「あなたのためだ、と言いながら、実はわたしのためでもあるんだよね」という、建前とホンネの関係ではないか。
より悪意を込めて書くならば。
「立場を盾に取りながら、やっていることは結局個人的な都合の押しつけ」という人事が多いように思うのだ。
若い研修医が、将来、病理医になりたいと言っている。ありがたいことだ。さあ、どこで研修をしたらよいだろう。相談を受ける。
ぼくは、若い人に、
「うちに来てくれたら助かるなあ。うちも大変なんだ。がっちり指導するから、5年くらいで即戦力になってほしいなあ」
と言う。
すると、若い人は、
「5年ですか……できれば10年くらい、がっちり勉強をしたいんです。だいいち、5年で一人前になれるものですか?」
と不安になる。
「まあ、無理だよね……。だったら最初はうちじゃないほうがいいかなあ。うちは、ある程度病理の基礎ができている状態で来た方が、効率的な勉強ができると思う」
と、返事をする。研修医はうなずく。
「こないだ見学した病院では、いろいろな関連病院を回りながら、じっくり10年くらいかけてやりたいことを探せばいい、と言われました。そこで勉強して、一人前になってみせます。ぼくが一人前になったとき、先生の病院の枠が空いていたら、やとってくださいね(笑)」
「そうだね。がんばって」
「いろいろな病院を回りながら」ね。
それ、指導側の都合なんだよね。
指導医の数とか、症例数が、足りないと、ひとつのところでは指導がしきれないんだよね。
正直に、「うちの関連病院はどこも人が足りないから、あちこちでこきつかわれると思うけど、人脈が広がるし、症例数も手にはいるよ。そういう教育でよければ、うちにおいでよ」って言えばいいのに。
建前がだめでホンネがいいと言いたいわけではないのだ。
そうじゃなくて、ニュアンスがちょっとずつずれるようなリクルートをしていたら、「欲しい人材」と「働きたいと思っている人」とのマッチングも、ちょっとずつずれていくんじゃないのかなあ、と思っているのだ。
うーむ。
正直なだけでは、人は集まってこないよ、って? そりゃそうなんだけど、なあ。