2017年12月6日水曜日

病理の話(147)

知人から、近所の小学生が「病理医」ということばを知ってるんだよー、という話をされた。病理医を知ってるってマニアックだなあと思ったら、そのあとに続くことばがおもしろい。

その知人が、

「ほかにどんな医者を知ってるの」

とたずねたら、

「えっ、びょうりいってお医者さんなの!」

と言われたらしい。ずっこけである。



そのあと、どんな医者を知っているのかと聞いてみたところ、

「内科。外科。産婦人科。あとコードブルーの人。以上。」

とのこと。

あきらかにテレビの影響である。

そして、びょうりいという単語は知っていたし、あれが病院で働く職員だということもわかっていたが、医者だとは思っていなかった、とのこと。



昔、警察官にはなりたくない、青島刑事になりたい、と答えた子供もいたと聞く。




医者に対する強力なイメージがすでに広まっている状況で、たとえば病理医とか病理という仕事を「特殊な医者だよ」と説明すると、誤解を招きそうだ。

もっと「病理医」に対してストレートにイメージを喚起するような説明が必要なのかもしれない。

どう表現すればよいだろうか?

ぼくは、「特殊なお医者さんなんだよ」と説明することに慣れすぎてしまっている。

医者という巨大なイメージに対抗しながら語彙を使い果たしてしまう。

もっと違う方向からアプローチできないだろうか?




・病気を調べる学者だよ

 →学者というイメージにひっぱられる。メガネのオタクで顕微鏡で試験管をふってそうで、医学系研究者の一部として処理されそう

・顕微鏡で細胞を見て病気を調べる仕事だよ

 →たしかにそうなんだけどいつも思う、本来の病理医の仕事の一部しか語っていないくせに地味。どうせ一部しか語れないならもう少しはなやかに説明したい

・医者の相談役だよ

 →フィクサーみたい。気持ち悪い

・お医者さんより病気に詳しくてお医者さんの相談にのる人だよ

 →少しマイルドにしたけど……おばあちゃんの知恵袋感がある

・病院が国家だとすると病理医は軍師かな

 →この例えを思い付いた自分があいかわらず気持ち悪い

・病気にやたら詳しい学者なんだけど給料はなぜか医者と一緒なんだよ

 →「なぜか」をつっこまれると死ぬ

・医者になるだけの資格を持っているのに医者にならなかった変なおじさんだよ

 →最近は変なおねえさんの方が多い

・勉強してたらお給料が入る仕事だよ

 →みもふたもない




たぶんこういう話を、居酒屋トークみたいな緩い感じでもいいから、本当にずーっとずっと考え続けていくことで、世間のこの職業に対する認知が変わると思う。

そして同時に、副産物として、

「今、病理医として働いているひとたちが、自分の仕事をより正しくとらえることができる」

みたいなことが生まれる。

ぼくはこっちも意外と大事なのではないかと思っている。





ぼくらは医者の資格を持っているけれど、実際、医者とはまるで違う仕事をしている。ぼくらの本質は学者に近い。

医師免許を持ち、学者にしては高い給料をもらい、病院にも勤務することが可能な、生命科学者。





……そこまで考えているはずのぼくが、知人から「えっ、びょうりいってお医者さんなの」の話を聞いて、無意識にずっこけてしまう。

なんだろう、医者ということばにしばられているのはぼくの方なのか。

なれたはずの臨床医にならなかった、という「ストーリー」を自分に与えたくてしょうがないのだろうか。そんなところがぼくの中にあるのだろうか。

あるかもしれないな。おもしろいなあ、と思う。




「見たもの、経験したものを博物学的に並べたあと、ストーリーを与えて仮説を形成する」というのが病理医の仕事の本質である、と、思わせぶりに最後に書いておく。