前回の病理の話でちょっと難しい話を書いて、昨日のブログでそれを茶化してものすごく難しい話を書いたので、今日はなんというか、一番かんたんな病理の話を書きます。
ぼくら病理診断医は、細胞をみることで患者の役に立つかなと思って働いています。
細胞をみるとなぜ患者の役に立つかというと、一部の病気が、細胞をみないときちんと診療ができないからです。
一部の病気です。細胞をみなくても診療できる病気はいっぱいあります。
高血圧とか。心筋梗塞とか。ケガとか。せきとか鼻水とか。
みなさんが普段、「病院に行く理由」として考えている病気の3分の2くらいは、細胞まで見る必要がありません。細胞をみる必要はないのです。
けどねえ一部の病気は細胞まで見た方がいいの。
がんとか。
ほかにもいっぱいあるけど面倒だからがんの話をするね。
口調が突然フランクになったのはめんどくさくなったから。
面倒な話って書くのも読むのも苦痛だから。
ぼくそういうのよくやるからわかる。
がんは、細胞まで見ると、いろいろわかる。
まず、「がんだ!」ってわかる。たいてい。
これが意外と難しくて、細胞まで見ないと、医療者も患者も、いまいち「ほんとにがんなの?」って言いたくなる。思いたくなる。
だからまず、「がんだ!」って決めるのがだいじ。
警察が誰かを「あいつ悪人だ!」って決めないとタイホできないから。
で、「がんだ!」だけで終わってはだめで、そのがんが「何人いるか」、「何をしてるか」をみる。
悪人が10人いるのと1000人いるのと10万人いるのは意味が違うわけ。
10人って不良集団でしょう。
1000人ってけっこうでかいヤクザじゃん。
10万人いると悪の軍隊だもの。まるでちがうよ。
不良集団だったら警察官でなんとかできるけど。
軍隊だったら戦争になっちゃうでしょう。警察官送り込んでもやられちゃう。
相手の戦力をみるってのがすごい大事なのね。で、これは、病理でみないとわからないときがある。
CTとかで見ても、「人数」はぶっちゃけわかるの。
けど、その人数が「どこにどれだけ散らばってるか」を見るには病理で細胞みるのがいいわけ。
軍隊が1箇所にかたまってるとね、CTにも映るから。すぐわかる。
けど、ゲリラ戦法みたいに、あちこちに細かく潜んでたら、航空写真みたいなCTだとよくわからないでしょう。
そういうときは細胞をみる。すると、どこかに潜り込む寸前の悪人とか、潜り込んだ直後の悪人とか、潜り込んでそこで新たに勢力を増そうとしている悪人とかがよくわかる。
人数だけじゃないよ、「何をしてるか」もだいじ。
チンピラみたいに人を殴ってたらもう悪人でしょう。
けど、全員がスーツ姿で、まるでサラリーマンみたいなかっこうをして、渋谷のセンター街に紛れ込んでたら、これ、航空写真では、悪人かどうかわからない。
そういうときに、顕微鏡で拡大するとね、サラリーマンがそれぞれリュックの中にバズーカ持ってたりするわけ。
「あっこいつやべぇ」ってわかる。
ヤクザでも「リアルヤクザ」と「インテリヤクザ」がいてね。
物理的に建物ガンガンぶちこわすやつもいれば、ネット犯罪に身を染めて潜入してるやつもいるでしょう。
人数とか居場所、そして「何をしてるか(どんな悪事をしてるか)」を、ちゃんと見る。
こうして悪人を見るためには、まずきちんと写真を撮る。写真を撮るというのは例えでもあるし、実際に撮ることもあるけど、ま、写真に例えちゃいましょう。
写真を撮るときに大切なことはなんですか?
悪人の顔がしっかり写っていること?
ほら、人数も大事だったよね。
あと居場所。
何をしてるかも。
となると、画角とか、構図がなかなか難しいでしょう。
構図決めるためには何が必要だろう?
航空写真をきちんと見ておくことかな。だいたいの見当を付けておく。
そして、プレパラートを作るときに、一番いい場所を選ぶこと。これがとても大事。
たとえば胃に病気があるとする。胃を手術でとりました。これをぜんぶプレパラートにしようと思ったら、たぶんガラスが200枚くらい必要になる。
けど、まずはプレパラートをつくらずに、胃をきっちり「目でみる」。
そして、「あっここが悪人多そう」とか、「ここがまさに犯行現場だ」というのを見極める。
航空写真(CT)も見ておく。事前に潜入捜査をした警察官の証言(胃カメラの結果)も見ておく。
そして、「ここぞ!」という場所をプレパラートにするわけ。これを切り出しといいます。
切って出してくるからだね。命名がアホだね。
切り出すのは病理医のウデがすごい大事。
ここでビシッとプレパラートにするからこそ、顕微鏡で病気をみることができるの。
切り出しがヘタだと……?
渋谷に悪人が集結してるのに、新宿の監視カメラをすみずみまでチェックしてもだめでしょう。
そういうことあるんだけどさ。まれに。どこの病院の病理医とは言わないけど。言ったら死ぬ。ぼくが。
で、プレパラートは技師さんが作ってくれる。専門の技師。頭あがらない。お歳暮贈る。
このプレパラート、1種類じゃないわけ。HE染色ってのがあってね。キャーのび太さんのHEー!なんてね。なんでもない。
これで悪人の顔とか体型がだいたいわかる。すごい使える染色。
今ね、たとえばテロ対策なんていうと、空港で、ただモニタで監視するだけじゃないでしょう。何やるか知ってる?
金属探知機ってあるじゃない。あれで武器を見つけ出す。
病理でもこれがあるわけ。金属じゃなくて特定のタンパクとか線維とかをハイライトする染色がほかにもいっぱいある。
これらを使いこなすのがまたウデよ。
でね、悪人を見てね、「ほら悪人がいましたよ」って言ったらさ。
これを臨床医とかに話さなきゃいけないわけ。
自分のところで抱えてちゃだめでしょう。実動部隊に情報を渡す。
タイホして、裁判して、世の中をよくしないといけないでしょう。つまりは診断と治療を進めないといけないわけだ。
でもね、ぼくがね、「渋谷の交差点にけっこうヤバ目のやつがワッサーいて、そこのビルとかマジ卍ヤバみでしたわ」つったらこれ、ぼくがまず捕まるよね。
だから、わかりやすい言葉が大切。
共通言語と言ってもいいかな。
「取扱い規約」とか。
「UICC/TNM分類」とか。
書き方があるわけだよ。アンチョコと言ってもいいかな。
項目をきちんと埋める。
埋めれば終わり? まあそれでもいいかな。
でもね、悪人撲滅の決め手は、このアンチョコを埋めたあとに、レポートの最後にひと言ね、書いてやること。ここ、ここにセンスが出るの。
「こいつ普段の悪人とちょっと違うかもしれんぜ、なぜならAがBだからだ」
みたいなコメントをつけるのね。ここも病理医のウデすごい出るね。
臨床医もコメント見るとピンとくるから。ここんとこうまく連携できてるとマジ医療のレベル上がるから。
最後にね。
医療やってる人って、日本全国担当してるわけじゃないの。
警視庁って東京を中心に仕事してるでしょう。北海道警察は主に北海道の案件担当してるよね。
パトロールもするし交通整理もするしタイホもするしいろいろやるじゃない。だから場所というか管轄を狭くしておくわけだよ。
けどね、病理医ってのはね、この管轄をなかば……無視するよね。
特殊部隊だよね。
全国を相手にする。
具体的に? 胃も大腸もみるし、肝臓も胆嚢も膵臓も、肺も乳腺も甲状腺も、腎臓も膀胱も尿管も、前立腺も子宮も卵巣も、脾臓だって脳だって、血管だって筋肉とか脂肪だって、神経だって……心臓だってさ。
「細胞のことは頼むよ」って言われたら出て行く。
管轄外とか基本ないの。まあ得意不得意はあるけどさ。不得意って言われたらそこの管轄も困ると思うんだよな。
そのかわり、パトロールはしないし。張り込みもしないし。泥棒と殴り合ったりもしない。
おもしろいと思った?
いやぼくはまだおもしろくないよ。だって何にも語ってないもの。
何が得意だと活躍できるか、とか……。
やっててすげぇビリビリくるのはどういうときか、とか……。
養育費払いながら旅行に行けるだけのお金をどうやって稼ごうか、とか……。
正確には書いてるんだけどね。このブログでね。過去に、149回くらいは書いたはずだよ。
養育費のことはたしか書いてないけど……。
※こんな内容を出版したらだめですよ。こういうのはブログで読むからいいの。依頼があったけど断っておきました。ブログで書かせろ。