2017年12月20日水曜日

病理の話(152) マクロ最強論

CT、MRI、エコーや内視鏡など、臨床の画像をまだそれほど使い慣れていない初期研修医が、病理に勉強に来ている。

そういうときにはまず、手術で採ってきた臓器の肉眼像をみせる。

ミクロ(顕微鏡)より先に、病変のマクロ(目で見える姿)を仕込む。

最後までミクロを教えないこともある。



一方、初期研修医ではなく、ある程度訓練を積んだ後期研修医、さらには研修を終わった後すでにエースとして働いている臨床医が病理にやってきたときには。

マクロと、ミクロを、一緒に見せる。

経験のある臨床医であれば、最初からハイレベルな学問を与えても、そこまで画像で培ってきた知識を総動員して、うまく消化・吸収してくれる。




いずれにしても。

病理は顕微鏡をみる部門だと思われているのだが、実際に勉強にやってきた人に、ミクロ画像だけを教えて返す、というのはやったことがない。

省略するならミクロだ。

マクロは落とせない。








世の大半の医者にとって、病理はマニアックで、ニッチで、オタクである。それはもうよくわかった。何十人、何百人という医者と話をしてきた。まちがいない。

それでもなお、一部の医者は、自分のキャリアを充実させるために、病理で勉強をしたいといって検査室にやってくる。

特に、「がんを扱う科」や、あるいは「画像診断を行う科」で働く予定の人にとって、病理は宝の山だ。

「がんを診ず、画像もあまり使わない科」であれば、病理には用はないだろうと思う。



で、その、マニアックでニッチでオタクな病理にやってきた医者達は、忙しい。

王道の、自分の本職を極めるのに、忙しい。

だから、マニアックな病理診断の全てを極める時間は、当たり前だけど、ない。

全部を教えることはできない。



ポイントを絞って教えることこそが肝要だ。

そのポイントの筆頭が、「マクロ」だと思っている。




手術で採ってきた臓器に出現している病気を目で見る。

かたちがある。色がある。表面性状のざらつきやてかり。出血や壊死の有無。周囲の正常構造をいかに押しのけているか、あるいはしみこんでいるか。

これらのマクロスコピック(macroscopic: 目でみて判別できる規模)の変化をきちんと読めるようになると、CTやMRI、超音波、内視鏡で病変を間接的に、あるいはガラスごしに観察したときの、

「現実感」が変わる。

「なぜ○○がんはCTだとこう見えるのか」に、血が通うようになる。

「なぜ□□がんの周囲に内視鏡でこのような模様が見えるのか」を、直接目で見て感じることができる。




マクロな病態の説明は楽しい。

患者さんの労苦の原因を前にして「楽しい」とは本来医者が一番言ってはいけないセリフなのかもしれないが。

ニヤニヤ楽しい、fun、という意味ではなく、興味深くて心を動かされ、なんとかしようと考え抜くinterestingのほうだ。

目で見て違いを見極める作業は、頭の中に大きな筆文字で「納得」を書いてくれる。

初期研修医にはまずマクロを叩き込む。

まともにCTも読めない初期研修医だからこそ。

病理を出てから、またCTの勉強をはじめるときに、病理のマクロを思い出して、理解が進んだらいいなと。




初期研修医が病理を去ってからのことを思い浮かべる。

きっとCTを読むだろう。内視鏡を読むだろう。超音波プローブを片手に、さまざまな病態に悩む日が来るだろう。

そのとき、マクロがお守りになるかどうか。

……なる。なるが、それだけでは足りない。




もうひとつのポイントがある。それは、ミクロ、ではない。

「病理学」だ。




初期研修医たちは2年かけて医術を学ぶ。医療倫理を学ぶ。そこに、ホンモノの学問を叩き込む。巨人の肩の上に立つためのはしごをかける。

それが病理学、やまいのことわりの学問だ。




がんの定義とは。なぜがんになる。どのようながんが多いか。あなたは将来どれほどがん診療に携わるだろうか。

がんをマクロで見ながら語る。なぜこれががんなのか。どこらへんが大事なのか。

がんだと何がまずいのか。なぜ人はがんを恐れるのか。




がんを皮切りに、がん以外の疾病についても語る。感染症。変性疾患。

心臓や外傷や麻酔の話もする。「病理医なのに?」驚くだろう。たしかに循環器内科医や整形外科医や麻酔科医の知識は、ぼくはない。

しかし、理に関しては別だ。

理がある、ということを、文字通り理解してもらう。




マクロと病理学だけで手一杯なのだ。ミクロに辿り着くひまがない。





病理を去るときに、声をかけることがあるし、声をかけないこともある。研修医たちが病理を回る最終日、ぼくはなぜか出張のことが多い。最後に会えないこともある。

会えるときにはこう声をかける。

「マクロと病理学、先生のこれからの、役に立てばいいですね」

こう言うと、いろいろな返事をされる。

もうひとこと、付け加える。

「ちなみにぼくが一番詳しいのはミクロだけど、今回の研修は短かったから、そこまでたどり着けなかったね」

このひと言には、だいたい返事は一緒である。

――――え、そうなんですか。じゃあ、またいずれ、病理を勉強しに来ますね、今度はミクロを学びます。

しめしめ。

「いずれご縁があれば。ぜひ」