2017年1月17日火曜日

病理の話(38) カーテン越しクイズ

ものすごくハイレベルなことを書こうと思う。このようにハードルを上げると、なんかかっこいいかなあと思ったんです。以上です。ではなんとなく普通レベルのことを書きます。



「病理診断という仕事は病理医に任せておけばいいので、臨床医をはじめとする医療者が多くを知る必要はない。」

これは、一つの真理である。

ところが、実は、多くの医療者が、「病理を勉強したい」と言う。




知人の外科医によれば、外科で働いている限り、どこかで必ず、病理を勉強したいという気持ちになるそうだ。まあこれはかなり意識の高い外科医の言う事なので、5割くらい引いて考えたほうがいいかもしれないけれど、多くの外科系医師は、キャリアの中で1度や2度は、病理のことを勉強したくなるらしい。

ほか、主に画像診断を行う科、腫瘍を扱う科にいる医療者なども、病理のことをもう少し勉強してぇなあと思うことがある、と聞く。

なぜだろう。

なぜ、みんな、病理のことを勉強したいと思うのだろうか。

ぼくが思うに、これは、おそらく、「自分が予想していた病理診断の結果と、実際の病理診断が、ずれていたケース」がきっかけなのではないかと思う。




すごくくだらない、たとえ話をする。

薄いレースのカーテンの向こうに、人影が見える。

だれだろう。

どうも、ちょんまげをしているように見える。腰には刀……? そばに、なんらかの動物を連れているようにも思う。

ああ、桃太郎かな。

桃太郎じゃないかな。

あなたは、そう考える。

そして、カーテンを開けてもらう。カーテンを開ける人は、「びょうりい」と名乗っている。

さて、何が出てくるだろうか。



カーテンを開けるとそこに、

①桃太郎がいた。

桃太郎だと予想して、桃太郎。大正解である。

……これが、「診断がばっちり合っていたケース」である。




カーテンを開けるとそこに、

②浦島太郎がいた。

「ああ、ちょんまげ! 動物はあれか、犬じゃなくてカメか。影だから、わかんなかったなあ。それにしてももう少し注意深く見ていたら、桃太郎と浦島太郎の違いはともかくとして、カメと犬くらいは見極められたかもしれないなあ。よし、今度はもっと注意深く見よう。」

……これが、「診断が少しずれていたけど、まあ、病理診断を見てから考えると、納得がいくケース」である。



カーテンを開けるとそこに、

③鬼がいた。

「こ、これはやばい……ちょんまげとツノの区別がつかなかったのもやばいけど、うーん、正義の味方と悪者を間違えてしまったのはまずい。意味が正反対だ。まいったな。」

……これが、「診断が大間違いだったけど、まあ、カーテンを開ける(病理診断をする)ことで、間違いは防げるなあと、反省するケース」である。



カーテンを開けるとそこには、

④ムーミンがいた。

「えっなんで……シルエットからまるで想像できないんだけど……。

えっ……どうして? ぜんぜん、えっどういうこと? ちょんまげは? ないの? あっちょっとまだカーテン閉めないで! 待って待って! さっき横に何か犬みたいなのいなかった? えっムーミンてちょっとどういうこと」

……これが、「誤診の原因がすぐには考え付かないほどに、当初の診断と病理の結果とがずれていて、しかもなぜその間違いが生じたのかよくわからないケース」である。



診断という仕事をしていると、「自分の診断」が少しずつずれているケースに、まれならず遭遇する。その「ずれ」の多くは、患者さんや診療そのものにはあまり影響がなかったり、ずれていてもすぐに補正できたりする。

病理診断は、この「ずれ」をきっちりと正してくれる強力なツールである。上の例えで言うと、病理診断は

「カーテンの向こう側を見せてくれる」。



「どうせカーテンを開ければ診断が待ってるんだからさ、ま、カーテン開けるのは病理医に任すわ。俺ら、予想だけするから。」

と考える医者もいなくはないのだが、たいていの医療者は、

「桃太郎だとばっかりおもってたのにムーミンだったよ……なんでだよ……どういうことだよ……」

という疑問を持つ。



だから、たぶん、「病理医がどういう仕事をしているのか、どうやってカーテンを開けているのか」を知りたいと思うのだろう。



さて、カーテンの開け方を聞かれた人間は、2通りの返事ができる。

「カーテンはこうやって開けるんですよ~」

と、カーテンの開け方だけを教えるやり方。

もうひとつは、

「カーテン越しだとこう見えたんですか、なるほど、それはきっと、この影がこう映ったからですね。カーテンの横から見てると、またちょっと見え方が違うんで、その錯覚の原因もわかるんですよ。」

と、カーテン越しクイズに自分も参加するやり方だ。



どちらが、お互いにとってメリットがあるかというのは、ケースバイケースではある。

しかし、たぶん、こっちの方がいいんだろうな、という予想もある。



さあどっちの方がいいと思いますか。普通レベルの質問です。