毎日、仕事のことを考えている。
さまざまなことを考えているのだが、最近とくに興味があるのは、「文章をわかりやすく伝えるための、言葉の順番」についてである。
今の文章にしても、言葉の順番を入れ替えるとニュアンスが少し変わる。
2.さまざまなことを考えているのだが、とくに最近は、「文章をわかりやすく伝えるための、言葉の順番」について興味がある。
3.さまざまなことを考えているのだが、「文章をわかりやすく伝えるための、言葉の順番」について、最近とくに興味がある。
4.さまざまなことを考えているのだが、とくに「文章をわかりやすく伝えるための、言葉の順番」について、最近、興味がある。
まあこういうかんじのことを、毎日気にしている。仕事場で。
なぜかというと、ぼくら病理医は、「文章で診断を書く」からなのだ。
臨床医は病理診断報告書……病理レポートと呼ばれるものによって、ぼくらの考え方を知ることが多い。
極めて難しい症例とか、診断に時間を要した症例などでは、電話で伝えたり直接面と向かって相談したりすることもあるが、そのときも必ず、文章にして記録に残す。
この文章が、ときおり臨床医を悩ませる。
「これ、どういう意味で書いてあるのかな……。病理の専門用語すぎて読めないよ」
なんてことがあると、病理に対する信用度はがくっと落ちてしまう。
だからぼくらはいつも、文章に気を配るようになる。
かといって、病理診断報告書というのは別に文学作品ではない。
病理医が表現にこだわるあまり、書き方が人によってバラバラになってしまうのもよくない。
ある程度は「お作法」を守らなければいけない。
いくつかのお作法がある。
報告書の中には、
・診断
という、いわばタイトル、メインとなる文章を書いてから、
・所見
として、詳しい顕微鏡像の解説や病理医が見て取ったものを書き記すのが一般的な「お作法」だ。
また、診断名は一般に、英語で記載される。
ときおり、医学生あたりが、「日本人が読むレポートなんだから日本語で書けば良いだろう」などと文句をいうが……。
申し訳ないが、ある程度働いた医師にとっては、英語も日本語もそれほど違いはないのだ。
もともと医学論文とか教科書の有名所はすべて英語である。
UICC/TNM分類だって英語だ。
病気の名前だってもともとは英語(あるいはラテン語)がほとんど。
病理の主戦場においては、英語に準拠することが大前提なのだから、それをわざわざ「画数の多い」日本語に翻訳することもない。
もちろん、こまかな顕微鏡像の説明みたいなものは、ニュアンスを含めて母国語で書いた方が伝わりやすいだろう。レポートすべてを英語で書く必要はない。
けれど、主診断はわざわざ日本語で書くほうがむしろ面倒なのである。
そうそう、あと、英語の方が、「検索が楽」だ。このことはあまり知られていないがとても重要。
「子宮頚がん」ということばは、日本語で書くと、漢字のバリエーションによって
・子宮頚癌
・子宮頸癌
の2種類にわかれる。こういう漢字の違いが混じっていると、病名検索のときに面倒が生じる。
病理診断科は、ほとんどの「がん」に診断をつける部門なので、がんの統計を取りたい人たちが集まってくる。そのときに備えて、検索効率の高い書き方をしておくのが「お作法」である。
ほかにもお作法はある。
「顕微鏡をみる際に、拡大をあまりあげない状態で観察した像から説明し、次第に拡大を上げた像へと説明を進めていく」
というのもお作法。ただこれには「流派」があり、絶対にこれがいいというわけでもない。
細胞を形容することばをいつも順番に並べるというお作法もある。
Two benign small new round white peripheral chondroid tumor.
(数→性質→大小→新旧→形→色→年(起源)→材質)
まあここまで並べ立てるとかえってわかりづらいが……。
いろいろ細かな作法はあるが、最終的には、「何よりも、読んでいる人がわかりやすい文章とは何かを考え続ける」のがお作法となる。
丁寧なことばで書く。できれば敬語を使って書きます。お疲れでしょうみなさん。
一文の中で何度も「~~が、しかし」と文意をひっくり返さない。
箇条書きにするときに、
・手動でかまわないので
・インデントをかける
1. 通し番号を使いこなし、
2. スペースも活用する。
奥の手としては、正式な病理診断報告書内に、
「ご不明な点は直接おたずねください」
と書き込んでしまう。これは本当に奥の手だ。臨床医と日頃からどなりあったり笑い合ったりしている人以外には、正直いっておすすめできない。