2019年3月26日火曜日

病理の話(307) がけの上で犯人の生い立ちを聞くやつ

ある病気を詳しく調べるとき、「その病気が出た背景」というものを、よく気にする。



たとえば、「がん」のことを考えよう。

まず正常の人体に存在する無数の細胞(ブルゾンちえみいわく60兆個)を、「善良な市民」に例える。

ぼくらの体は、人口60兆人の巨大都市だ。シムシティでもここまで人口は増やせまい。すごいよな。

その、60兆人がうごめく巨大都市の中に、ちょいちょい悪人が出現する。これが「がん」。

悪人は最初はチンピラレベルだが、徒党を組んでヤクザになり、武器を調達してマフィアになり、悪の軍隊みたいになって世界を滅ぼそうとする。

ヤクザとかマフィアくらいの段階で、患者や医療者は「あっ、がんだ」と発見することができる。

なかなかチンピラひとりを捕まえてくることは難しい。善良な人々と見分けがつかない時期があるからだ。

でも、できればチンピラに毛の生えた程度の段階で捕まえてしまいたい。そうすれば、ヤクザやマフィアが街に被害を及ぼすことを防げるだろう。

じゃあ、どういう場所に、チンピラが出現しやすいか?

どういう理由で、チンピラは街に現れるのか?

それを考えるのが、「病気の背景を探る」ということである。





まずは治安だろう。

ある地域において治安が悪いとする。

具体的には、警察がうまく働いていない。あるいは、善良な人々の監視の目が行き届いていない。

教育・啓蒙が不十分だ、ということもあるかもしれない。

いろんな理由で、チンピラの芽が出現する。

万引きをしても平気なひとたち。ヤマザキ春のパン祭りのシールだけはがしてもっていってしまうクソガキ。燃えないゴミの日なのに勝手に燃えるゴミをおいていくやから。

こういった地域では、チンピラが発生しやすいのではないか、と予想できる。

そもそも治安が悪い地域で、チンピラの芽みたいなやつがうようよしていると、ほかにも新しくチンピラが出てきやすい。類は友を呼ぶ。




人体においてがんが出現するときも同じようなことを考える。

体内の警察(免疫)はきちんとがんの芽を摘み取ってくれているだろうか。

もともと荒れた地域で、炎症が頻発していたりしないだろうか。

たとえばそれはタバコに伴う刺激がくりかえしくりかえし加わっている人かもしれない。

さらには、DNAのエラー(教育・啓蒙の失敗)。細胞にさまざまなエラーが蓄積していたりはしないか。




この話をするとたいていの人は、こういう。

「なるほど、そうやって背景をきちんと探れば、がんの予防とか早期発見にもつながりますよね。体の環境が荒れた人からがんが出やすいとわかっていれば、環境を整えるにはどうしたらいいか考えたり、がんが出そうな人をピックアップして早めにがんを探しに行ったりできますもんね」

うん、あってる。

けどほかにもいいことはある。





がんの中でもとりわけ頻度が高いもののひとつ、「大腸癌」は、発生する背景によっていくつかに分けることができる。

そして、分けた大腸癌それぞれに、抗がん剤の効きやすさが違ったり、転移しやすさが異なったりするのではないか、と言われている。

もう見つかってしまったがんに対しても、背景を探ることで、「がんの由来から、がんの弱点を探し出すことができる」かもしれないのだ。




ある病気の背景を探ることは、その病気のウィークポイントを見いだす上でも重要なのではないかと考えられている。

大犯罪集団と戦おうと思ったら、得られる情報はなんでも得る。

情報戦こそが近代医学のあるべき姿なのである。