2020年7月28日火曜日

病理の話(437) 細胞の何をみるのか

病理医は何をする仕事ですかと言われて、いろいろとひねった答えをしてきた。

「ぼくらは、主治医という孤独なファイターに専門的な知識で寄り添う参謀役。臨床医が将軍だとしたら病理医は軍師ですよ。」

フゥー! カッコェェー!

しかしまあそれはともかくたいていやっていることは「顕微鏡で細胞を見ている」のである。細胞を見てどう考えて、それをどう主治医に伝えていくか、という伝達部分について語ることが多いのだけれど、肝心の「細胞の何をみるか」「細胞をどのように評価するか」についてはたまにしか語ってこなかった。

だから今日はフゥー!とか言ってないで細胞の話を書く。




細胞は、ぷるんぷるんのスライム的存在としてイメージするといい(スライムベスでもいい)。

いろいろな形態を取りうるが、基本的にはスライムで考えてもらって構わない(バブルスライムのときも、スライムつむりのときも、スライムナイトのときもある)。



スライムの表面を細胞膜と呼ぶ。

スライムの中にはいくつかの構造が透けて見える。ただし、細胞は相当小さいので、顕微鏡でみるときには中身のいくつかをはっきり際立たせるために、色素を使って色を付ける。逆にいえば、色をつけていないものも細胞の中には入っている。この話はあとでちょっと触れる。

細胞を評価する上でとっても大事な「中身」はと呼ばれる。英語ではコアとよばずにヌクレウスnucleusと呼ぶが、まあコア的存在だと思えばいいだろう。なぜこの核がだいじかというと、これが細胞そのもののコントロールセンターにあたるからだ。中にはプログラム(DNA)が含まれており、このプログラムが適宜稼働する。

コントロールセンターの中には大量のプログラムがあるが、ひとつひとつのスライムが人生(スラ生)を送っていく上で、そのプログラムの全てを使う必要は無い。

たとえるならば、ぼくは今Googleで検索することで配管工事のやり方とかモチモチのパンケーキの焼き方とかクリスタの使い方などを調べることが可能だが、おそらく生涯にわたって配管工事をすることはないし、パンケーキもたぶん焼かない。「手に入るけど使わないハウトゥー」が世の中にはいっぱいある。

これと同じで、細胞……あらゆるスライムも、核の中に入っているプログラムの一部だけを稼働させる。具体的には、DNAをある方法で「読み込んで」、それに対応するタンパク質を作る。このタンパク質がほんとうにいろいろあって、各スライムはタンパク質を組み合わせて自分の体を作ったり、目や口を作ったり、毒を作り出してバブルスライムとなったり、ナイトを背中に乗っけたり(?)する。



さて、ぼくらがスライムを……細胞を顕微鏡でみるとき、まずざっとみるのは細胞の輪郭、形状。そもそもスライムなのかバブルスライムなのかスライムナイトなのかくらいは、輪郭をみれば予想がつくだろう。形態は、そのスライムの役割と対応している。スライムナイトはやはり何かを守りたいのだろうな、ということがパッと予想できるし、実際そのとおりの役割を果たしているものなのだ。

もっと詳しく見ていこう。

たとえば正常に働いているスライムナイトは、スライムの上にのっかったナイト部分が剣をもって、カブトを被っている。

しかしこのスライムナイトが「悪行三昧をはたらく超絶悪い奴」だったときには、剣がなんだかでかくてトゲトゲして凶悪な毒まみれの棍棒みたいなのにかわっている。

スライムの中にある核、その中にあるDNA=プログラムに異常があるために、タンパク質にも異常が現れる。タンパク質という部品をつかって体を作っているスライムは、異常なタンパク質によって形を変える。

剣がどくどくトゲ棍棒になってるぜ!

これを見つけることが病理医の仕事のひとつとなる。細胞そのものの形だけではなく、細胞の一部にあるタンパク質がおかしくなっていないかにも目を向けるのだ。

本当は剣は1本のはずなのに2本もってるな、とか。

ナイトをのっけているスライムも剣を持っているな、とか。

形態の異常にはさまざまなバリエーションがあるのでそこを細かく見ていく。



と、いうのを細胞学用語でいうと、

・細胞の輪郭(丸いか細長いか、切れ込みが入っているか)
・細胞膜の形状(膜がはっきりしているか見えづらいか、膜の厚さに不均一さがあるか)
・細胞表面にみられる構造の有無(細胞間橋があるか、線毛が生えているか)

と表現される。



ほか、コントロールセンターに異常があることを見るためには「核」をみればいい。サイズが大きいとか、DNA量を反映する色調が濃くなっているとか、切れ込みがあるとか、異常に分裂しているとか。



そして、スライムナイトが持っている剣や、スライムつむりがかぶっている貝がら(?)の、細かな部品の違いやエラーをみるためには、特殊な染色を駆使する。

免疫染色といって、スライム全体ではなくて部品だけをハイライトする特殊な染色を使うわけだ。

剣のツカの部分だけを染めるとか。

貝の突起の部分だけを染めるとか。

そういった工夫をして、スライムを丸裸にしていく……。





スライムはたいてい丸裸だけど……。まあそういうことをやっているのが、「病院の軍師」である病理医です。はゎゎ、ご主人様、色素が来ちゃいました!