医学部ではさまざまなことを学ぶ。
今日はざっくりと、「医学部で習うこと」を列挙してみよう。大学や時代によってだいぶ異なるのだけれど、基本的な理念はそこまで違いはない。
まず、英語や数学などの「一般的な大学の教養科目」があるのだが、いくつかは選択ではなく必修となっている。ただし他学部でも学ぶ科目についてはこの記事では省略する。個人的には、この時期にやった英語は受験勉強のレベルを上回らなかったので、あまり記憶にない。ちょろかった。でも数学、とりわけ統計学は骨のある課題が提示されてかなり大変だった。今もたぶん似たようなものだろうとは思う。
さて、医学部独自の授業、すなわち具体的に医学・生命化学に直結する勉強のほうを見ていこう。
まずは生化学と解剖学から入ることが一般的だ。
生化学を学ぶのは、人体の基本的なしくみがケミストリー(化学)によって構築されているからである。細胞が酸素を使ってどうエネルギーを作り出すのか、あるいは窒素をどのように循環させるのかみたいな話を学ぶ。
今のこの3行を読んだだけでウェーとなるだろう。医学生も同じだ。しかしここで歯を食いしばって「さわり」の部分をわかっておかないと、あとあととても苦労する。
超絶ミクロの生化学とだいたい同時期に、いちばんマクロの部分、すなわち解剖学を学ぶ。骨学(コツがく)、筋学、神経学といった「表面」にあるものの配列をおぼえながら、独特の医学用語みたいなものに対する人間のアレルギー的なにかを払拭する。
今でも覚えているのは手の筋肉だ。虫様筋、というのがある。英語ではLumbricale muscleと書いた気がする。ググるといろいろスペル違いが出てくるのだがまあいいや、言いたいことはそこではない。このランブリカルというスペルを筆記体で書くと、エルとビーとエルの部分が上にぴょんぴょんぴょんと飛び上がるさまが、あたかも虫の足のようだな、などと思いながらこの単語を覚えた。解剖学以来、二度と使うことはなかった知識なのになぜか鮮明に覚えている。
生化学と解剖学が終わるころ、あるいは終わらないうちに並行して、生理学と組織学を学ぶ。
化学物質でのやりとり(生化学)から一歩、肉体に近寄るかんじで、実際に人間のカラダのなかで起こっている正常な化学反応を学んでいくのが生理学だ。ホルモンのはたらき。神経のメカニズム。心筋のしくみ。脳。こういったところをどんどん学んでいく。生きるための理(ことわり)、生きる理。生理。
生化学から生理学へと、人間に一歩肉薄するのとおなじ時期に、解剖学から組織学へと「レンズの倍率を上げる」。解剖学というのが人体模型にイメージされるような「肉眼」での勉強であるのに対し、顕微鏡を使って細胞そのものをがんがん拡大していくのが組織学である。
こうして、ここまで、生化学・解剖学、生理学・組織学と、人体のしくみばかり学ぶ時期が続く。なかなか病気の話は出てこない。
大学の3年生前後になるとようやく「人体に起こる異常」のジャンルがあらわれる。これがいわゆる病理学だ。そしてこの時期、一気に、薬理学(薬のメカニズム)、微生物学(細菌やウイルスの話)、免疫学(細菌やウイルスなどに対抗する人体のしくみ)などを叩き込まれる。試験の難易度は高いのだが、なんだか少しずつ医者に近づいているような気になって、一部の勉強オタクは熱狂する。まだ部活に惑溺していたいチャラ男たちはこのころ大学をさぼりぎみになるが、それでも結局試験に通らなければ進級できないので、結局試験の直前(あるいは直後、再試前)には過去問をひっぱりだしてきてヒイヒイ勉強する。
このころ、地味に学ぶのが公衆衛生学だ。人体のリアルなうねうねした熱感と肉感のある学問とくらべると、公衆衛生学や疫学の人気は低い。ところがここでがんばったかどうかは、ぶっちゃけ、医者になってからの「知的能力差」として思いっきり現れてくるので油断できない。
こうして基礎からえんえんと、正常・異常を積み立てていって、4年生くらいになるとようやく「臨床医学」がはじまる。消化器内科(胃腸内科や肝臓内科、胆膵内科など)、脳神経内科、一般外科、耳鼻咽喉科、産婦人科、眼科、精神科、整形外科、地域医療、病理診断科、放射線科、麻酔科、救急科……。ひととおり学んだら1年前後の病棟実習だ。そしてすべての科に対する卒業試験が半年くらいかけて毎週のように行われ、それが終わったら国家試験の勉強をして、受かって、研修医になって、先輩の医療者たちにヒヨッコ扱いされながら生身の医療がスタートする。
で、今日いちばん言いたかったのはここからなんだけど、
これだけ勉強しても、実は、学んでいないことがいっぱいある。
たとえば、「胸焼けするのに腹ヤケしないのはなぜだろう」みたいなことは、医学部では学んでいない。
今のトリッキーな質問をもうすこし医者っぽく言い換えると、こうなる。
「逆流性食道炎(胃食道逆流症)では、粘膜にキズがついていなくても胸焼けなどの症状が出ることがあるのに、胃の出口付近にできる”びらん”が基本的に無症状なのはなぜか」
そしてこの質問に答えるためには、「痛み」をはじめとする症状のメカニズムと、それを説明する神経の配置、さらには患者の有病率や実際の臨床現場での診療センスなどがすべて備わっていないといけない。
痛覚メカニズム:生理学と病理学。
痛覚を及ぼすケミカル因子:生理学と生化学。
神経の配置:解剖学と組織学。
患者の有病率:臨床・消化器病学と、疫学。
実際の臨床現場での診療センス:臨床・消化器病学。
たとえばなしをする。医学生が6年かけて必死で学んできたのは、レゴのパーツひとつひとつだ。ときには「ガソリンスタンド」とか「消防車」みたいなものも作る練習をする。
しかし、臨床現場で遭遇する、患者であればだれもが気になる程度の簡単な質問、「胸焼けって何がやけてんの?」というのは、レゴでいうと「バットマンの悪役が住んでいる巨大なお城(まわりにジェットコースターが回っているやつ)」
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