2020年8月28日金曜日

病理の話(448) 病理診断科ではたらく未来をイメージしてもらう

初期研修医が1か月だけうちの病理にやってきている。

将来病理医になるかもしれないし、ならないかもしれないという。

このあと、初期研修でほかの科も一通り回りながら、進路を決めていくことになるとのことだ。


病理以外に、内科系のいくつかの科、あるいは放射線科も考えているという。それぞれタイプの違う科だ。

これまでの経験上、けっこうな量の医学生や研修医が、まるで違うタイプの科どうしで進路を迷っている。


誰もが自分の適性を自分なりに想像し、各種の職業との相性を考えようとするのだけれど、実際には自分が何に向いているかなんて一生わからない。

だから進路選択の決め手となるのは、「そこで自分がはたらいている未来」をイメージできるかどうか。

この科なら楽しく充実してやっていけそうだな、と思えるかどうか。

その判断基準は無数にあるし人によって異なる。


外から見ていると、

「へえー神経内科と病理で迷うんだ。おもしろいね。まるで働き方が違うじゃん」

と思いがちだが、その人の心の中では、「自分がはたらく未来」をぼんやりと思い浮かべたときに、その2つの科にそれぞれ魅力が感じられるのだろう。




病理診断科ではたらく未来を想像してみたい、という人に向けて、いろいろなことを話す。


「医者相手の仕事であり、本をかなり必要とする仕事ですよ」


「細胞にクローズアップしつつ、人体の理(ことわり)をロングショットで俯瞰する仕事ですね」


「医者という高度な専門家から依頼を受けてうごくコンサルタント的仕事です。プロ相手にはたらくプロです」


「文章力があると楽しいかもしれないですね、推しのどこに着目して褒めちぎるか、みたいな感覚で、細胞の何を見てどう語るかという楽しみ方があります」


「個々の患者のためにはたらきながら、もう少し人数の多い集団に向けての基礎研究もできます。すなわちメラを撃ちながらイオも撃つみたいなところがあるということです」


「お金をもらうことばかり考えている人けっこういますけど、『お金をもらって使うこと』を考えると、単純におおくのお金をもらうことよりも、『お金を使うための時間をどれだけ取れるか』のほうが実は大事だと思うんですが、病理診断科はその点、ほどよいですよ」


最後のこの「お金の話」がときには重要だなーということをよく考える。SNSをはじめとする「体験談の場」ではネガティブな話題が目立つバイアス(偏り)があるため、事情あってうまくお金が稼げなかった人、自分のイメージしていた働き方と金銭との間に不満がある人の声ばかりが見つかる。そのためか、病理診断科はどちらかというと金に困る科だと思っている医学生・研修医もいる。偏見というのはいつの世にも、どこの場にもあるものだ。


事実、ぼくはさほどいい服を着ているところは見せられないし、車にしても家にしてもそうだ、飯、酒、いずれも自慢できるレベルでの金の使い方はしていない。しかし、ぼくは必要なだけのお金はもらえていると思う、これはもう自信をもって言える。ぼくが使いたいと思うタイミングで使えるくらいのお金は確保できている。努力と研鑽にみあった給料はもらえる仕事だ。



あと。おなじみの「AI医療が発達したら真っ先に病理医の仕事がなくなりますよね?」という質問にも注意しておく。ただ、AIブームが落ち着いてきたのか、最近はこの質問自体をあまり見かけなくなった。みんな飽きたのかも知れない。

それと、ぼくがAI病理診断の開発に携わっている姿を見せると、若手は一様に安心するようである。なぜならぼくがすごく楽しそうにAI開発をしているからだ。結局のところ、「楽しそうにはたらいている」ところを見せればさほど言葉は要らないのであろう。……ブログでそう書いてしまうと本末転倒なのだけれども、言語化できない部分のよさというものが、病理診断科にも確かにあるのである。