2022年5月23日月曜日

病理の話(658) がんは一枚岩ではないということ

がんという病気にはいろいろな難しさがある。

その難しさを考える上で、必要な知識として、がんは「一枚岩ではない」ということを知っておくとよい。がんというのは体内で「一種類の病気」として存在しているわけではないのだ。

……と言うと、これまたちょっと語弊があるんだよなあ。

「えっ、じゃあ、がんの患者はいくつもの病気に同時にかかっているってこと?」と言われると、なんかそれとも違う。ここは丁寧に、ちゃんと詳しく説明しよう。

がんは、「ワルモノが徒党を組んだ」状態だ。ヤクザでもマフィアでも軍隊でもよいが、とにかく「複数の、ものをそれぞれ考える悪者達が、集まって悪さをしている状態」を思い浮かべて欲しい。


1.そいつらにはある程度共通のルールがあり:共通した遺伝子変異を持っており


2.そいつらは互いに協力しあうことがあり:がんはmicroRNAやサイトカインなどを使って相互に情報連携をしており


3.かつ、互いに、ちょっと他人同士である:がん細胞は場所によって少しずつぜんぶ違う



こういうのをイメージしないと説明のつかない部分がけっこうあるのだ。



たとえば、「理論上は効くはずの抗がん剤がイマイチ効かない」ときのことを考える。残念だがそういうがんはたまにある。このとき、がんを隅々まで観察すると、こんなことが起こっていることがある。


「あるがん細胞は、周りを強く破壊しながら、大量の血液を奪いとって栄養や酸素を手に入れ、ウハウハしている。しかし、同じ患者の別の場所にあるがん細胞は、たまたま血液があまり流れてこない場所にいたため、今にも倒れそうなヘロヘロの状態で、かろうじてそこにへばりついて生きている」


ここで、血液に恵まれているがん細胞と、血液をうまく使えていないがん細胞、どちらのほうが「あとあとまで生き残る」だろうか?


前者? 栄養が多い方?


ま、そう思いがちだよね。でもよく考えて欲しい。


抗がん剤というのは血液に乗ってがん細胞に届くのだ。日ごろから体の中の血液をうまくかすめとって生きているがん細胞は、ひとたび抗がん剤治療がはじまると、血液に乗ってやってきた高濃度の薬剤にさらされる。ひとたまりもない。どんどん倒されていく。


しかし、だ。がんの中には、「何が楽しいのかわからないが、すみっこで暮らしていて、栄養もろくにゲットせずにヘロヘロになっている謎の陰キャ」みたいなのもまじっている。こういうやつらは、なんと、「抗がん剤もあまりやってこない場所」にいるので、治療がはじまっても以外と生き延びてしまったりするのだ。


まったくとんでもないことだ。このような「同じがんと言っても、場所によってぜんぜん違うキャラ」が混じっていることが、がんの治療を難しくする一因となっている。人間社会は多様性を大事にせよとかいろいろ騒がしいけれども、がんはとっくに「多様性」を使いこなして、しぶとく存在感を出してきているのである。