2016年11月11日金曜日

病理の話(17)

むかし、生命は、1個の細胞だった。

1個の細胞(単細胞)は、「自分が自分であろうとした」。

周りと自分とは違う。オレはオレである。

そういうために必要なのは、彼我の境界……。

周りと自分とを隔てる、しきりが必要だった。

だから、自分を、膜で覆った。

中と外とをわけたのである。


中と外とが分かれると、困ることがある。

中で自立するためには、外から栄養を取り込んで、中からウンコを出さなきゃいけないのだ。

外……外界には、敵もいれば味方もいる。ばい菌とか毒みたいな悪い奴らを締めだそう。栄養とか水分、酸素だけを取り込もう。

膜の部分に、空港のゲートみたいなものを用意して。

敵は締め出し、味方だけを通そうぜ!


ところがそんなことは無理だった。いや、ま、あくまで単純な、ひどくざっくりとしたやりとりはできるんだけど、精度が悪すぎた。空港のゲートのレベルでは制御ができないのだ。人間が武器を隠し持っていないかをチェックするだけであれだけでかい機械が必要なのに、水分に付着した毒物をチェックしつつ、栄養だけを奪いつつ、ばい菌とかウイルスみたいな敵をうまくはじきかえすなんて、もう、しっちゃかめっちゃかである。


だから、生命はどうしたか。


役割を分けることにした。自分の最外層にある膜の、ここには「出国専用ゲート」、こちらには「入国専用ゲート」を分けて用意して、それ以外の部分には「敵も味方も通さない、強固なカベ」を作ることにした。

でも、生命が進化して、高度な構造をもち、自然と必要とするエネルギーが多くなると、ゲートだけで振り分けるスタイルも、だんだんしんどくなってくる。

イメージしていただきたい。東京ドームのような、ドーム状の細胞を思い浮かべよう。へりのあちこちに、出入り口のゲートがいっぱいついている。この、入口専用ゲートと出口専用ゲートの配置が、めちゃくちゃ、ランダムだとしたらどうなるだろう? 客は不便だし、周りは大渋滞。いつまでたっても試合は始まらないのである。

そこで。

いつしか多細胞化していた生命は、自分の構造を複雑にすることができたので、一計を案じた。

敵を跳ね返し、栄養を取り込むために、ゲートを用意するだけではなく、自らを変形させることにしたのである。

どうやったか?

へこませたのである。からだを。

□ → 凹

へこんだ部分を、出入国担当にするのだ。へこみの部分でだけ、「外界とのやりとり」を行う。栄養を取り込んだり、水分を取り込んだり、酸素を取り込んだりする。

へこんでいない部分はぜんぶ、カベ。水も漏らさない、敵も入れない。

この形が、実は、相当便利だった。

ただし、酸素のような気体はともかくとして、ねっとりした栄養(脂肪など)は、入口と出口がいっしょだと、渋滞を起こして、詰まってしまうことがある。

だから、いっそ、へこみじゃなくて、トンネル状にしようと思った。流れを、基本一方通行にしよう。

□ → 凹 → 

(なんかいい漢字がないかな……)

□ → 凹 → 呂

(……90度横にむいちゃったな……)

□ → 凹 → 明

(……なんかいらん横棒とか入ったな……)

□ → 凹 → 0 0

(まあこれでいいや!中にパイプが貫通したかんじ!わかるだろ)


ここまで一生懸命に何を語ってきたと思う?

そう、人体の中を貫通する、「消化管」の話をしているのである。

口から肛門までつながる、パイプ。人間はもちろん、魚類にも両生類にもあるし、アリにもカブトムシにもアニサキスみたいな虫にもある。

人間は、手で触るだけでは、栄養の摂取ができない(人造人間19号は、そういえば、完全なロボットだったな)。

体の表面はすべて、重層扁平上皮粘膜(じゅうそうへんぺいじょうひねんまく)という、ガード専門のカベによって覆われているからだ。へこみ……というか、パイプの内面にしか、ゲートを用意しないことにした。

カベ、すなわち「重層扁平上皮」である。

口の中も、まだ重層扁平上皮粘膜だ。食道の中も。このあたりは、まだ、食べ物が「硬い」。異物といっしょだ。ゴロゴロ硬いモノが、血管の中にでも詰まったら、死んじゃう。だから、胃酸でトロットロにぶちこわすまでの間は、扁平上皮(へんぺいじょうひ)でがちっとガード。ゲートの出番は、まだ早い。

胃にたどり着いた。胃の表面は、「腺上皮粘膜(せんじょうひねんまく)」で覆われる。ここでは胃酸が「出る」。胃の細胞内から、胃酸という分泌物が「出国」する。ゲートが必要である。

ゲート、すなわち、「腺上皮」である。

小腸に至ると、腺上皮粘膜の形状が変わり、絨毛と呼ばれる形になる。ここには入国ゲートがいっぱいあって、栄養をばんばん吸収しはじめる。

大腸に至ると、入国するものは水くらいになる。栄養はもうすっからかんだ。むしろ、カスが増えてくる。小腸絨毛より、ちょっとだけ防御力を高くし、水だけ通せばいい構造に変わる。入国ゲートの種類を変える。

そして肛門。ここではもう吸収は必要ない。硬くなった便で粘膜がちぎれないように、「皮膚の硬さを取り戻す」。つまり、ゲートをなくして、またカベに戻す。すなわち、重層扁平上皮粘膜で覆われる。



栄養と水分を摂取し、敵(ばい菌、ウイルス、毒……)をはじきかえすために、生命は、穴を開けた。ねっとりして渋滞を起こしそうなものに対しては、消化管という名のパイプを用意した。酸素の取り入れと二酸化炭素の排出については、パイプまでは必要ない。空気はさらさらだから、流れだけを起こしてやれば(横隔膜や胸の筋肉を使えば)、袋状であっても十分に換気ができる。

ほかに出入りが必要なもの……精子。それまでは体外に大量に卵子をばらまき、精子をぶっかけていたけど、複雑な遺伝子をようやく伝えた子供(タマゴ)が一瞬で他のおサカナに食われるのが腹立たしいから、消化管・肺とは別に、もうひとつの「袋」を作った。これが子宮である。



敵をはじき返すカベ。栄養や酸素などの吸収に携わる、出入国ゲート。

これらは、もともと、体の外側にあるはずだった。分業して、部署をわけて、専用の小部屋にしたり、一方通行のレーンにすることで、体の中側に落ちくぼんでいるけれど。

すべて、外側≒上にへばりついていたものなのだ。

だから、そこにある細胞を、みな、「上皮」と呼ぶ。



この説明はかなり長い。めんどくさいから、普段、看護学校で説明するときには「触手で触れるところが上皮だよ。」と教える。

この教え方の評判はよく、ぼく個人の評判は下がるので、すこし書き方を変えてみた。長いけど、ま、今度講義でもしゃべってみようと思う。