いきいきと学ぶ初期研修医を見ていると、医学部生なんて勉強ばっかりしてるからつまんないんでしょ、とか、医者はユーモアを介さない人種だ、とか、そういう類いの風評って誰がどこから流してるんだろう、と不思議な気分になる。
つまんなくてユーモアを介さない人種なんてそこらじゅうにいっぱいいるのにな。
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ともあれ。ぼくが大学生だったころ、医学部6年間のうち、さいしょの1年半は「教養」と言って、医学部の専門講義とはほとんど関係がない授業を受けて、単位をとった。必修科目の中には、英語、選択第二外国語(ドイツ語とか中国語とか)、数学(特に統計学)、化学などが含まれていた。自由選択科目として、これはもう、ほんとうに雑多な講義があり、シラバスと呼ばれるお食事メニューを元に、単位が取りやすそうなものや、実際に聴いておもしろそうなものを選んでいった。
「湿原の科学」とか、「古典に親しむ」みたいなのを受けた記憶がある。内容はほとんど覚えていない。ラムサール条約、だけ覚えている。
「教養」の時期に、実際に大学生として、あるいは社会人になるための教養を身につけた人はどれだけいただろうか。
単位をかきあつめ、レポートをごしごし書きながら、それでも腐るほど余る時間を、バイトや運動、サークル活動にあけくれる毎日、という人の方が、ちょっとだけ多いのではなかったか。
それはそれで、社会に出るために、なんとなく身につけておいた方がいい、宙ぶらりんの関係性や、空気を読む読まない的な調整力や、他人と自分の境界線をどこに引くかの眼力や、自分が確かに大学生であり、人生の最中であるという錯視にも似たアイデンティティの構築であったりしたはずで、
たしかに、「教養の時期」ではあったのだろうな、と思う。
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くだんの研修医に、「俺のときよりも医学部の勉強、多くて大変だろう」という話をしていたら、「今はうちの大学、教養が半年しかないんですよ」と言われた。
そうか、教養が半年しかないのか。かわいそうだな。今は、医師免許をとるためには、6年のうち5年半を、医学部生でいなきゃいけないんだなあ。大学生でいられる時間は、半年だけなんだなあ。
それにしちゃ、こいつは、音楽もやるし、運動もやるし、頭もいいし、気立てもよくて、まわりの女子研修医に対する人当たりも気持ち悪くないし、教養だってきちんと兼ね備えているし、ま、けっきょく、大学時代のあの1年半で、ぼくに身についた教養なんて、たかがしれてたってことなんだなあ。
そんなことを考え、ふと、あのころの1年半に、自分にどんなイベントがあったろうかと思い出して見たけど、ゲルニカみたいに絡み合う思い出たちがすでに原型を整えていなくて、精神もまたキュビズムとなった。