色の話をしよう。
臓器は、いろんな色をしている。病理医は、 臓器や病変の色を見て、さまざまな推測を行う。
推測の答えは、顕微鏡を見ることで解決されることが多い。つまりは、臓器の色合いを見ても見なくても、結局は顕微鏡標本を作って細胞を見てしまえばいいわけで、実は色にこだわる必要は、 そこまでない……?
それに、臓器の色、特に病変そのものの色調を実際に目にするのは、ごく限られたシチュエーションを除けば病理医だけである。つまり、臓器が何色をしているから異常だと騒いだところで、その情報が 臨床の医療者達に活かされる機会は、少ない……?
いや、色は、熱い。色こそは色々与えてくれる。
まず、病理医というのは、なんでもかんでも顕微鏡で見なければ仕事にならないわけではないのだ。というか、実のところ、病理医の診断は、
「臓器や病変を目で見たときに9割完了している」
ことが望ましい。
たとえ話をする。手術で採ってきた胃の中に、 3センチ大の病変がひとつ、そして、5ミリ大の病変がひとつ、あったとしよう。
胃をすべてプレパラートで見ようと思うと、実はプレパラートが150~200枚必要となる。プレパラート1枚ではそんなに多くの範囲を観察できないからだ。
ここで、我々は「切り出し」という作業を行い、 顕微鏡で見る価値のある場所だけを切り出してきて、プレパラートにする。診断に必要十分な部分をうまく探し出せば、200枚ものプレパラートと格闘する必要はない。
このとき。病理医が、3センチ大の病変を見逃すことはないだろうが、5ミリ大の病変を見逃したとしたらどうなるだろうか?
「病気があることに、永久に気づけないまま、検索が終わる」
ことになる。だってプレパラートになってないから。顕微鏡で、見ようがないから。
だから、目で見て探ることは、とても大切だ。同時に、目で見た像からいかに顕微鏡像を予測するかも、プレパラートをどれくらい作るか、どのように切り出すかを考える上で、重要になる。
じゃあ、どうやって見る? 病変を病変だと認識する?
周りと比べて、あっ、ここはおかしいぞ、と気づくのは、色だ。色。
加えて、高低差、模様の違い、なめらかさやゴツゴツ感、そういった表面性状によって見極める。
だったら、正常の組織はどういう色をしているのか、異常があるとどういう色に変わるのかを、知っていなければならない。
前項で説明した「写真」も駆使して、肉眼像から得られる情報をきちんと抽出する。
組織が、どういう色になるかを決める因子というのがある。
専門的だが、少し書いておく。
まずは血流だ。血の巡りがよければ、それだけ赤みが増す。
炎症があれば血の巡りはよい。 打ち身が赤く腫れ上がるでしょう。あれと一緒。
腫瘍も血流がおかしくなる。正常ならざる、おかしな増殖をする細胞の周りでは、 栄養補給のスタイルもまたおかしくなる。
そして、脂肪だ。脂肪は黄ばむ。黄色い。生体内で黄色いものはいくつかあるが、その多くは脂肪に関係がある。
そもそも、あらゆる細胞は「細胞膜」を持っているのだが、 細胞膜とはリン脂質二重膜といって、脂肪を含んでいる。細胞が盛大にぶち壊れると、細胞膜がカケラとなって降り積もる 、すなわち、脂肪成分が降り積もる。
必然、「壊死(えし)」とか、「膿瘍(のうよう。うみのこと)」は、黄ばむ。
まあ、こんなことをつらつらと覚えておく。そして、たまに切り出しを目にする臨床医や研修医の前で披露し、情報を共有する。
たいていは、一緒に考えてくれる。
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かなり専門的だが、ある腫瘍の話をしよう。あまり具体的には書かない。
ある腫瘍は、細胞密度が高く、壊死や線維化が少ないという特徴を持つ。まあ細かいことはいいのだが、こういう腫瘍は、
「色調が、ホタテの身」
に似ている。色調だけじゃなくて、硬さ・弾力性なども似ている。形は似ていないけど。
イメージしやすかろう、と思って、研修医に、「○○は色や硬さがホタテなんだよ」
と教えた。すると彼はどん引きなのである。
「ワッー! やっぱ病理医って臓器を食べ物みたいに見てるんスねェー!」
色を失うとはこのことだ。