2016年11月25日金曜日

惹句・レモン

東京に出張するときは、羽田空港第2ビル・京急線改札前にあるプロントで昼飯を食うことが多い。たいてい、カルボナーラにグレープフルーツジュースを注文する。かれこれ10年にわたって、ずっとこの組み合わせである。ほかのパスタは食べないし、ほかのドリンクも飲まない。

競技場に入るときには左足から入るとか、大事な試合の朝にはカレーを食うとか、スポーツマン風のこだわりなら、ま、かっこよかったかもしれないが、ぼくの場合はどちらかというと、こだわっているというよりも、平時より余計に精神力を消費する出張のときには余計なことに頭を使いたくない、ある程度の結果がわかっているものにさっと全身を預けて楽になってしまいたい、という、韜晦、堕落に過ぎない気がする。


あるとき、いつものようにカルボナーラを頼んだら、パスタの上にレモンが乗っていた。

ぼくはもうそれだけで、腰が抜けるほど驚いてしまった。

あ、あの、タマゴが執拗に絡みついた、さらにその上に嫌がらせのように温泉卵まで乗っかった、コレステロールまみれのカルボナーラは!どうしたんだ!

皿1個にいくつタマゴ使ってるんだよ、という、プロントのアホっぽいカルボナーラが、好きだったのに。

……レモン乗せやがった。タマゴ減らして、レモン乗せやがった。

北海道大学のそばにあったラーメン屋がつぶれる半年前に突然レモンラーメンを提供し始めた時の、疲れ切ったおじさんの顔を思い出した。

からあげにレモンかけていいですか、と言いながらザンギにレモンをかけようとした後輩を「からあげとザンギが一緒だと思ってるのか?」と問い詰めた先輩のことを思い出した。

ギャンブラー哲也で「唐辛子をつまみに酒を飲めば、胃が荒れて腹がふくれたような気分になるから、金がかからず飲めるんだ」と書いていたのを読んでしばらくのちに、「そうだ、レモンをかじりながらビールを飲んだらうまいだろうか」と、レモンスライスを用意してビールを飲み始めて2秒で飽きてしまい途方にくれた大学時代を思い出した。

レモンに金属板を2枚刺して電球に灯りをともした小学校時代を思い出した。



レモン乗せやがった。プロントめ。レモン乗せやがった。



ぼくはもうプロントでカルボナーラは食わないのだと思う。

ぼくは、これからも、いろいろなお店で飲食をしてみたいし、自分でも様々に料理を作ってみたいし、あらゆる酒の飲み方をしたい。しかし、東京についた日に、それからの半日をどう過ごすか、脳をどうやって使おうかと沈思しながら胃に入れる、別にうまくもなければすごくもない、ただタマゴだけが妙に多い、あのカルボナーラが好きだったのに。