2017年6月30日金曜日

病理の話(95)

将来、ありとあらゆる「遺伝子変異」を瞬間的に検査できるようになると、すべてのがん診療が自動で行えるようになる……。

がん細胞から遺伝子を抽出して解析することで、それぞれに一番あう抗がん剤を選んでがんを叩けばいいので、今ある治療が大きく変わる……。

これらは半分ほんとうなのだが、残りの半分は、「おおげさ」と「夢みすぎ」と「まちがい」のブレンドなのである。



たとえば、そこらへんで元気に遊んでいる子供を適当にみつくろって、へんとうせん(扁桃)から細胞を採ってくると、ときどき、「遺伝子の異常」が見つかることがある。

生体内には「遺伝子の異常」……すなわち、体のあちこちを制御するプログラムのエラーというのは、思ったより多く存在している。

その異常が、実際に人体に害を及ぼすかどうかは、ケースバイケースである。遺伝子に異常がある細胞は常にがんであるかというと、まったくそんなことはない。

例えば……がん100例を集めてきて、しょっちゅう見つかる遺伝子変異があったとして。その遺伝子変異を、今あらたに見つけてきた細胞に見出した。じゃあその細胞はがんであると確定できるか?

できないのである。がんではないことも十分にありえる。というか、がんでないことの方が多いかも知れない。

 →(1)遺伝子異常イコールがんではない。

仮に、「ある遺伝子変異があると、100%がん細胞であると言える」という変異が見つかったとする。たとえば、胃で。

しかし、その遺伝子変異は、胃ではがん細胞の形成に関わるかもしれないが、肝臓では関わらないとか、脳ではがん細胞になるためのキーなのだが、肺では全く関係ないとかいうように、臓器が変わると重要性も変わってしまう。

 →(2)遺伝子異常は臓器や細胞ごとに意味合いと種類が異なる。

がん、と言っても一枚岩ではない。

犯罪者、と言っても、コソ泥もいれば痴漢もいれば殺人犯もいるように。

がん、と言ってもいろいろなのである。

あるがんは、人を殺すだけ大きくなるのに200年かかるかもしれない。

 →(3)仮に遺伝子変異があるがんだと診断しても、そのがん自体にバリエーションが多すぎる。



つまり……「遺伝子変異」というのは疾病のキモではあるが、疾病そのものとイコールで結べないのだ。

今、患者の状態がどうであるか、というのを考えるときに、遺伝子だけ採ってきて調べればわかる、というのは今のところ完全に幻想である。


脳腫瘍や肺癌など、一部の臓器では、遺伝子変異などを細かく調べることで、病理診断よりも正確にがんの挙動を予測できる、というのが現代の常識である。

しかし、これは医療者にとっては当たり前なので言及されていないだけなのだが、実は「遺伝子変異などを調べる前に、無意識のうちに医療者は、がんの広がり方、転移している場所、患者の体力、背景にもっている疾患などを頭に入れて、その上で遺伝子変異を便利使いしているにすぎない」のである。

そこにいる患者の顔も見ず、お腹に手も当てず、画像検索も行わず、顕微鏡でがんである確認もせずに、「ただ遺伝子だけを採ってきてすべてがわかった」なんてことはないのだ。

遺伝子変異だけではステージ確定は不可能である。

遺伝子変異だけでは化学療法や手術導入のための患者の体力評価もできない。

遺伝子変異だけではそもそもがんと確定できない。




……ぼくらはそれをわかった上で、その上で、

「うおー遺伝子変異ぜんぶ見られる世の中めっちゃ早くきてほしい……超期待してんだけど……!」

となっているのだ。そこに、「遺伝子変異が全部わかるようになったら病理診断なんて要らなくなるよな」みたいな見通しは、残念ながら(?)、ないのである。