2019年9月6日金曜日

病理の話(362) ガラスプレパラートの奥行き

細胞を顕微鏡で観察するといろいろわかる。

……と、書くとなんだか簡単そうにみえるのだが……。

実はこの「顕微鏡で観察する」というひとことの中には、だいぶ技術が詰めこまれている。



まず、顕微鏡というのは基本的に、強烈な虫メガネである。

どんどん拡大倍率をあげていけば、どんどん小さなものが見えてくる……のだが、実は、そう簡単でもない。

拡大倍率をあげればあげるほど、視野が暗くなってしまうのだ。ある領域内に降りそそぐ光の総量は、拡大をあげればあげるほど少なくなるからである。

これを解決しないと、ある程度以上の倍率は目でみることができない。




指紋をみるくらいの拡大倍率でよければ、自然光を外からあてて観察すれば十分に見られるのだけれど……。

そうだなあ、具体的に言うと、たとえば、あなたの手とか指とかに、うぶ毛が生えていませんか?

そのうぶ毛、とっても細かいでしょう?

でもうぶ毛の根元……毛根……には、少なく見積もっても200個以上の細胞がぐるりと取り巻いているんですよ。

細胞ってそういうサイズなんだよね。指紋を拡大するとかいうレベルではない。



うぶ毛の毛根部分を超拡大して細胞ひとつひとつの構築まで見ようとおもったとき、虫メガネ型の拡大鏡を使っていては、光量が足りなすぎるのである。だから、光を強めに当てなければいけない。

しかし表面からガーンと光を当てると、ハレーションを起こしてしまうし、微妙な色調差が飛んでしまう。




そこで、ミクロの世界を光学的に観察する際には、表面から光をあててその反射光をみるのではなく、裏側から光をあてて透過光をみるのが一般的となった。

細胞の裏側から光をあてるためには、細胞が指とか手にのっかったままだと都合が悪い。

だから、細胞が乗っている部分を、うすーく切り出してくる必要がある。




こうしてつくられたのがガラスプレパラートなのだ。ガラスの上に、4 μmという薄さの、ペラッペラの「かつらむき」をのっけて、後ろから光を当てる。そうすれば、細胞レベルのミクロであっても観察ができる。




ただし4 μmまで細胞を薄く切ってしまうと、向こうが透けるくらい薄いため、今度は色味がなくなる。ほとんど透明にしか見えない。

そこで今度は細胞に特殊な薬液を使って、色を人工的に付けてやる。なるべく細胞内の構造にコントラストがつくように……。




こうして、うぶ毛の毛根レベルを拡大するために、いろいろな工夫が開発された。ものをうすーく切る技術、半透明の薄い膜になった組織に色を付ける技術……。

すると、これらの技術の副次的な恩恵がいくつもあらわれてきた。




小さい世界を観察するために組織を薄く切る。つまり組織はいつでも、表面からではなくて「割面」をみるほうがいいとわかった。すると自然と、私たちは、組織の表面より断面に目が行くようになる。

木を外から見るのではなくて、ずばっと切って年輪の部分をみるクセがつく。

すると切り株の断面には、年輪以外にも、根から葉へと水分をおくる管が走っていることがわかる。

断面を見ようと思うことで、断面でしか観察できない新しい科学に注目が集まる。





薄いぺらぺらの組織を観察するために人工的な薬液で色を付ける。細胞を少しでも見やすくするためにいろいろな薬液を調合して試す。

すると、薬液を変えることで、細胞のさまざまな成分を個別にハイライトすることができることに気づく。

色づけして観察することで、色を変えて初めて見えてくる新しい構造に注目が集まる。





今日の記事でぼくが言いたかったのは最後に太字にしたところだ。

何かを達成しようとして新しい技術を作ると、必ず、「技術を作ったときには想定していなかった、副次的な効果によって、当初考えていたよりも多くの科学が発展する」。





さあ、今後、AIを導入して病理学をすすめていくと、どういうことが起こるだろうか?