筑波大学の野口先生にお目にかかる機会があり、おもしろいお話をいっぱい聞かせてもらった。中でも印象的だったのは、「がん」の研究についての話だ。大変勉強になった。
その話をもとに、今日は記事を書いてみることにする。
巨大なラボが大量のお金を投入して、最新の機械を使って、ものすごい量のがんを検索し、「遺伝子変異」を調べる時代だ。がんの研究はカツオの一本釣りではなく地引き網のように、猛烈な量を一気にさらうようなやり方が主流になりつつある。
ネクスト・ジェネレーション・シークエンサー(次世代遺伝子変異解析装置)、略してNGSと呼ばれる装置を聞いたことがあるだろうか。ケンチャンラーメンがいつまでも新発売なのといっしょで、NGSもいつまでも次世代機なのだが、まあツッコミはともかく、金はかかるが強力な機械であることに間違いは無い。まじでエポックメイキングである。物療が投入できるようになると科学は一気に進む。
しかし、物量作戦で一気にがんを調べる研究には、落とし穴もある。
がんの研究に用いられるがん細胞は、すでにある程度進行して、「転移」や「播種」、あるいは「再発」などがあることがわかっているものが多く用いられている。進行したがんは、例えるならば、”細胞のチンピラ”が、国際マフィアとなって全世界で同時多発的に悪行を行っている状態だ。この、マフィアの構成員たちを大量に調べ尽くすことで、がん細胞の特徴を見極めようとする。
一見とても合理的だ。悪であることがはっきりしている人々を調べれば、悪の特徴がみやすいだろう。
でも、このやり方、成果が出やすいかわりに、弱点もある。
人間だれしも、ヤクザであろうが、生まれた直後は善良な赤ちゃんである。これが人生のどこかで少しずつ足を踏み外して、不良→チンピラ→かけ出しの組員→ヤクザの幹部とレベルアップ(ダウン?)していく。
このいちばん最後の部分、「できあがってしまったヤクザ」を調べると、目つきは鋭いし刀傷がほっぺたについているし、背中には大量のいれずみがあって車は黒塗りで、拳銃と白い粉をもって、と、コッテコテの特徴ばかりが抽出される。だから研究はうまくいきまくる。研究者達は大喜びで、マフィア研究に明け暮れる。
けれども、保安とか警備とか警察のことを考えるならば……。
できれば、ヤクザがヤクザとなる前に……チンピラに毛の生えた程度の小悪党の段階で、捕まえて、更正させておくことがのぞましい。
「早めに捕まえれば社会に迷惑かける前になんとかできるべや」
ということである。
早期発見・早期治療。
「早期のがん」や、「がんになる直前」、あるいは「がんになって間もない時期の研究」をしようと思うとき、すでに徒党を組んでしまっているマフィアをいくら調べても、あまり成果があがらない。これは”盲点”である。
マフィアのボスがいまさら教室のロッカーをバットで殴ったりするか?
しないだろう。
気の弱そうな男子学生をつかまえてちょっとジャンプしてみろとかいうか?
そういうことは学生時代にやり終わっている。
ヤクザの親分みたいなやつを捕まえてきて遺伝子検索をしても、そこには「悪の道に入るきっかけとなったできごと」が見つけにくい。
がん研究というのは奥が深い。マフィアをしらべることが悪いというわけでは全くないのだ。そこにはとても大きな意義がある。しかし、そこだけがすべてでもない。誰かがチンピラをとっつかまえて更正させる役割を担わなければいけない。
となると、である。
がんという「反社会勢力的存在」を、その進行度によってわけて、研究のやり方も変えていく必要がある。
ここには、「がんを分類する」という作業が必要なのだ。
「今まさにチンピラとして悪行をはじめた瞬間のがん細胞」だけを集めてくれば、そいつがなぜ悪の道に一歩を踏み出したのかという「根本の原因」(たとえばドライバー変異と呼ばれるもの、あるいはエピジェネティックな変化など)が見つかる可能性が増える。
で、この、分類を何によってやるかというと……まあ……病理医がプレパラートでみるやり方が、すごいいいよね……という話を、野口先生とした。
めっちゃくちゃおもしろかった。あと有名な彼のジーンズ姿を間近でみられたのもよかった。