2019年9月25日水曜日

こういうのをたぶん孤独という

たま『さよなら人類』の冒頭、二酸化炭素を吐き出したあの子のくだりに続いて登場する曇天模様の空の下というフレーズ、なんの違和感もなく受け入れていた。リズムがいい。75調で。

けれど自分では使わない言葉だな。

今ぼくがいるのは飛行場の待合室だ。大硝子のむこうに、曇り空。分厚く立ち込めた雲、どよんと沈んだ天気、いろんな言い方があるけれど、脳内予測変換ソフトから「曇天模様の空」が自動で弾き出されてくることはない。だいぶ探し回らないと出てこない。このフレーズ、ぼくに、なじんでいないのだろう。





とここまで書いて思い出したが、先日ツイッターで、「飛行場とはまたずいぶん古い言い方ですね」と笑われた。そうか、空港か。飛行場の待合室ではなく、空港のロビーというのが普通の言い方だろう。飛行場の待合室、だと、旧ソ連時代の極東にありそうな、茶色がかったグレーの建物を想像してしまう。大硝子ってのもずいぶんとがばがばした言葉だ。今のぼくの内臓辞書、だいぶバージョンが古くなっている。




釧路空港で札幌丘珠行きのフライトを待っている今だからだろう。脳内マインクラフト的仮想世界は、リアルタイムでインプットされる情景をもとに、外界からのロウデータに内臓辞書由来のタグを付けて振り分ける。「飛行場の待合室」とか「鈍色の滑走路」とか「気だるそうなプロペラ機」とか「草臥れた背広の男」といったタグが次々と画像に添付されていく。老婆が乳飲み子を抱えて便所の前で茫としており、やがて母親らしき女が手拭きを乱暴に手提げにつっこみながら現れて、むずかりはじめた幼子にiPhoneを渡すと周囲にDA PUMPの仮面ライダーの曲が鳴り響き、ぼくはふと我にかえって親子孫を二度見する。ちっちぇえあかんぼうは、ミニオンズの服を着ていた。ババアと言ってもまだ50代じゃないか。母親はにこやかに踊り出した。子供がゲラ笑い。ここは日本、時代は令和、パーティーピーエーアールティーワイ。りょ。