さて今日のぼくはかぜをひいている。
今回は鼻水も出ないしのどもさほど痛くない(全く痛くないとは言わないが)。
しかし、頭が重い。くらくらとする。
頭重感(ずじゅうかん)という濁点多めの言葉があるが、まさに文字通りのにごった重苦しい雰囲気だ。
こういうのを「頭が痛くなるかぜ」とかいう。かぜといってもいろいろだ、お腹を下すときもあれば、鼻水がとまらないときもある。関節が痛くなるときも、熱がぐっと上がるときもある。
ぼくが医学生だったころは、かぜというものは「急性上気道炎」であるとならった。すなわち、鼻水、のどの痛み、せき、鼻づまり、くしゃみ、など、上気道(肺よりは口や鼻に近い部分にある、空気のとおりみち)に症状が出る炎症。原因はウイルス感染である、と。
なるほどなー、かぜにも医学っぽい名前がちゃんとついてるんだなーと感心したものだ。
つまりはウイルスが外から飛んできて、鼻の粘膜とかのどの粘膜にくっついてそこで増える、で、炎症を起こして、鼻水がでたり、のどがはれて痛みが現れたりするわけだな。
しかしその後、うーん、なんかちょっとへんじゃないか? と思うこともあった。
かぜイコール、ウイルスによる急性上気道炎だというなら、なぜ熱が出るのか?
鼻やのどのところで免疫とウイルスが戦っただけで、全身が熱くなって汗のかきかたが変になったりするのは、ちょっと派手ではないか?
頭が痛くなるのはなぜ? 関節が痛いというのは? いくらなんでも、鼻やのどにウイルスがいて関節が痛むというのはおかしくないか。
いろいろ調べていると、その後、「ウイルス感染」についてはその後の医学がもう少し深く詳しく解き明かしている、ということがわかってきた。
たいていのウイルスが鼻やのどから体内に侵入するのはほんとうだ。
ただ、そのウイルス、どうも鼻とかのどに留まっているというわけではないようなのだ。
いわゆる、「ウイルス血症」という状態になって、全身……とも限らないようだが……をめぐろうとする。
だから人体の免疫はあせって、警備員を呼ぶために、アラームを鳴り響かせる。
血液の中に、免疫細胞が活躍するためのメッセンジャーたちが流れる。サイトカインと呼ばれたりする物質がそれだ。
そして、全身のあちこちで、ウイルスを倒すためにいろいろな変化がおこる。
鼻から侵入するウイルスを倒すために鼻の粘膜が激しく反応して、血管内から水気を出して外来異物を洗い流そうとしたり、水気にのっけて炎症細胞を現場にときはなったりするだけではなく……。
体温を上げることで外来異物を攻撃したりもする。
侵入された通用口だけにアラームをジャンジャカ鳴り響かせるのではなく、どうも、全館放送で対応しているようなのだ。
そのアラームを受け取る場所と、アラームに呼応して出てくる体内の警備システムが、ウイルスごとに、毎回異なる。
だからかぜにもいろいろあるようなのだ。
かぜなんてものは放っておけば2,3日、長くても5~7日程度で人体の免疫によって正常に戻される。
逆に言えば、人体のアラームおよび警備システムはすごく優秀なので、大多数のかぜウイルスは体内で勝手に処理してくれる。
けれども、ま、そうはいうけど、今こうして自分がかぜをひいていると……。
治るとはわかっているけれど、あーしんどいな、なんとかよくなる方法はねぇかなと、ここまで積み上げてきた医学知識を総動員して、自分の体を少しでも楽にする方法がないかと必死で脳内を検索することになる。ぼくだって患者なのだ。
そして結論はすぐに出る。
薬を飲んでも無駄。かぜウイルスに効く薬はない。
水分をとって寝る。たっぷり休む。こうして人体の免疫システムに十分に戦ってもらう。
これが一番効果的だということを、医者であるぼくは、よく知っている。
夜空を見上げると月がきれいだ。月に祈る。「はやくなおりますように。」
祈りにエビデンスはない。しかし、ま、月に祈るくらいならだれも損しないので、それくらいはやってもいい。医者の太鼓判である。