2019年9月12日木曜日

病理の話(364) ホネのある細胞

細胞の中には、細胞をパンと張って形を保っている、柱のような物質があるという。

ぶっちゃけ、ぼく自身はその「柱」をきちんと観察したことがない。

正確には昔見ているんだけど、当時はあまり興味がなかったので、どうやって見えたか忘れてしまった。

だから今から書くのは又聞きの話だ。自分で見て書いているわけではない。机上の空論と怒られるかもしれない。人のふんどしで相撲を取るとなじられてもしかたがない。

人のふんどしで相撲を取るのはいやだな……。

相撲取らなくても付けた時点でだいぶいやだな……。



まあいいや、ふんどしじゃないし。




細胞なんて、いかにもふにゃふにゃしてそうだ。

あるいは、プリンとかスライムのようにぷるぷるしているイメージがある。

ただ、細胞はそれぞれ、ただそこに居るだけではなくて役割がある(中には『ただ、居る、だけ』の細胞もいていいと思うのだが……)。役割を果たそうと思ったら、ある程度、しっかり立っていてもらわないといけない。隣同士手を繋いで、何かのカタマリを作ろうというときに、ふにゃふにゃ腰砕けでは困る。

そこで細胞には骨組みがある。

正式には「細胞骨格」という。うーんまんまだ。そのまんま。




この細胞骨格が、細胞の種類によって少しずつ異なるということを見つけたひとがいた。

なんだそりゃというかんじなのだが、冷静に考えてみるとあたりまえなのである。




細胞といってもいろいろある。先ほどから述べているような、隣同士で連結して、レゴブロックのように形をつくるタイプの細胞……上皮細胞……は、骨格がしっかりしていないと困るのだけれど、ソシキのスキマをすり抜けながらパトロールをして、悪いばいきんとかが入って来たらやっつける孤高の戦士たち……炎症細胞……などは、骨格がさほどしっかりしていなくてもいい。

孤高の戦士というか警備員たちは基本的にまわりの細胞とくっつく必要がない。血管の中をシュンシュン動き回ったり、ときに血管の壁にはりついて待機したり、いざというときには血管の壁に空いている隙間から外にとびでて、ばいきんたちとバトルをしなければいけない。

こういう炎症細胞たちはニンジャみたいな動き方をするので、骨格はむしろやわらかいほうがいいのである。




で、われわれ病理医は、この、「くっつくタイプの、レゴブロック型の細胞」がしょっちゅうがんになるということをよく知っている。なので、レゴ細胞(上皮細胞)がもつ、特有の細胞骨格を検出するワザを持っている。

免疫染色という手法で、サイトケラチンという骨格を染める。これがぴかっと染まったら、その細胞は、上皮細胞であるとわかる。

サイトケラチンを染める作業はかなりの頻度で行う。ぼくが病理医として働いていて、一週間のうちに一度もサイトケラチンを探さないことは、めったにない。それくらいよく使う。

ただ、この免疫染色という手法は、細胞の骨格……ほねぐみを、そのかたちのままに光らせてはくれない。

染色、すなわち染め物なので、色がバシーッと濃くついてしまうと、かえって細かい構造とかはぬりつぶされてしまう。普通の顕微鏡で観察できる限界というのもある。

だから普段は、なんとなく、「サイトケラチンがばしっと細胞に染まったら上皮だよ」なんて、お茶を濁したことを言っている。




けれどほんとうは……。

電子顕微鏡で見たりすることで……。

上皮細胞の中に張り巡らされている、サイトケラチンの骨格が見えるはずなのだ。ああ、ぼくが今、学生時代に戻って、今と同じ好奇心をもって、サイトケラチンを可視化した共焦点顕微鏡あたりの画像をみていたら、きっとワクワクするだろうに! もう覚えていないんだ、ざんねんだな、もったいない。




なんてことをここに書いておいたら、全国の医学生の中から1,2人くらいは、明日の授業が楽しくなるだろうか? ならないだろうな、やっぱ。