2019年7月12日金曜日

病理の話(343) きれいに整頓したいという本能と実益

「ゴミ箱診断」という言葉がある。

あんまり印象がよろしくない言葉だよね。

だから、たいていの医者は、市民の前では使わないようにしている。

けれどもこれはけっこう有名な概念だ。

なんと英語もある。

Wastebascket diagnosis ( https://en.wikipedia.org/wiki/Wastebasket_diagnosis ).

そのまんま「ゴミ箱 診断」である。



このイメージはひとことでは説明しづらいので、ちょっと想像力を働かせてほしい。




あなたは今、おもちゃがいっぱい転がっている部屋にいる。

レゴブロック。ダイヤブロック。

モノポリーとか人生ゲーム。

Nintendo 3DSやSwitch。

ぬいぐるみ。

仮面ライダーの変身ベルト。

シルバニアファミリー 森のおうち。

ポケモンカード。

まったく、こんなにちらかして……こまったものだね。

あなたは少しずつ整理整頓をする。

レゴはレゴでまとめて箱に入れよう。ダイヤブロックとまぜてはだめだ。

モノポリーのお金と人生ゲームのお金を一緒にしないように、注意。

Nintendoゲーム類はハードごとにまとめて……。

ぬいぐるみはどこか一か所にかわいく並べておこうかな。

仮面ライダーと戦隊モノを一緒にすると、大人はなんとも思わないけれど、子供は腹立つだろうな。

シルバニアファミリーのおうちの中に、お兄ちゃんのフィギュアをおいといたらだめだよ。

ポケモンカードと遊戯王をまぜてはいかんのじゃ。




部屋はあらかた片付いた。ところが、ひとつ、見たことのないおもちゃがある。

これはどうも新しいゲームのキャラクタなのかな。あるいはアニメかもしれない。ただ、あなたはこのキャラクタを見たことがない。いわゆる食玩の類いで、小さい人形みたいな形をしているのだが、一部を押すと光る。電池は入っているのかもしれない。

トイストーリーかなあ? でもデザインが違う気がする。

こういうものを、シルバニアファミリーのおうちの中に入れておくと、あとで怒られるだろう。

3DSで使うAmiiboにも似ているけれど反応しないようだ。

しょうがないので、「あとで子供に聞いてみて、なんのキャラクターかわかったらそこにしまう」ことにする。

それまでの間、「どこに入れたらわからないおもちゃのためのカゴ」というのを用意して、そこに入れておく。ほかのものと混ざらないように……。





みなさんもう予想しているだろう。

最後にでてきた、「どこに入れたらわからない、分類できないものを一時的に入れておくためのカゴ」のことを、英語でwastebascketと表現し、日本語でゴミ箱と言ってしまっている。

ゴミじゃないんだよ。分類不能ってことなんだ。価値はきっとある。わかる人にとってはね。

でも、おもちゃってのは無限にあるので、どうしたって分類して整頓できないものが出てくる。そういうのを、暫定的にしまっておく箱というのが必要なんです。

それが、おもちゃじゃなくて、病気を分類・整頓するときにも、起こりうる。




従来の病名決定法、診断法ではどうにも名前をつけられないものに、とりあえず仮の名前を付けておくことを、「ゴミ箱診断」と表現するのだ。

なんだか雑な名称だよね。患者からしたらあまりいい気分はしないだろうな。






でもこのゴミ箱、実は、科学的発見の宝庫でもある。

だって、それまでの知識ではどこにしまっていいかわからないってことは、未知だってことだからね。

これから新しく知識が増えることで、思いもよらなかった新しい病気の概念ができあがるかもしれない。

そして、治療法が決まるかもしれない。

病気の名前をつけるってのは、昆虫とか水生生物の名前を付けるのとはちょっと意味合いが違う。名前を付けて整理整頓すること自体にも大きな魅力はある、それはそうなんだけれど、病気の場合は、さらに「治療法が選べるようになる」というすごく大きな意味がある。

ゴミ箱診断されているものが、いずれ、その病気がおさまるべき正しい箱へと、整頓されますように……。

病理医は、ときおり、そんなことを願う。