「ゴミ箱診断」という言葉がある。
あんまり印象がよろしくない言葉だよね。
だから、たいていの医者は、市民の前では使わないようにしている。
けれどもこれはけっこう有名な概念だ。
なんと英語もある。
Wastebascket diagnosis ( https://en.wikipedia.org/wiki/Wastebasket_diagnosis ).
そのまんま「ゴミ箱 診断」である。
このイメージはひとことでは説明しづらいので、ちょっと想像力を働かせてほしい。
あなたは今、おもちゃがいっぱい転がっている部屋にいる。
レゴブロック。ダイヤブロック。
モノポリーとか人生ゲーム。
Nintendo 3DSやSwitch。
ぬいぐるみ。
仮面ライダーの変身ベルト。
シルバニアファミリー 森のおうち。
ポケモンカード。
まったく、こんなにちらかして……こまったものだね。
あなたは少しずつ整理整頓をする。
レゴはレゴでまとめて箱に入れよう。ダイヤブロックとまぜてはだめだ。
モノポリーのお金と人生ゲームのお金を一緒にしないように、注意。
Nintendoゲーム類はハードごとにまとめて……。
ぬいぐるみはどこか一か所にかわいく並べておこうかな。
仮面ライダーと戦隊モノを一緒にすると、大人はなんとも思わないけれど、子供は腹立つだろうな。
シルバニアファミリーのおうちの中に、お兄ちゃんのフィギュアをおいといたらだめだよ。
ポケモンカードと遊戯王をまぜてはいかんのじゃ。
部屋はあらかた片付いた。ところが、ひとつ、見たことのないおもちゃがある。
これはどうも新しいゲームのキャラクタなのかな。あるいはアニメかもしれない。ただ、あなたはこのキャラクタを見たことがない。いわゆる食玩の類いで、小さい人形みたいな形をしているのだが、一部を押すと光る。電池は入っているのかもしれない。
トイストーリーかなあ? でもデザインが違う気がする。
こういうものを、シルバニアファミリーのおうちの中に入れておくと、あとで怒られるだろう。
3DSで使うAmiiboにも似ているけれど反応しないようだ。
しょうがないので、「あとで子供に聞いてみて、なんのキャラクターかわかったらそこにしまう」ことにする。
それまでの間、「どこに入れたらわからないおもちゃのためのカゴ」というのを用意して、そこに入れておく。ほかのものと混ざらないように……。
みなさんもう予想しているだろう。
最後にでてきた、「どこに入れたらわからない、分類できないものを一時的に入れておくためのカゴ」のことを、英語でwastebascketと表現し、日本語でゴミ箱と言ってしまっている。
ゴミじゃないんだよ。分類不能ってことなんだ。価値はきっとある。わかる人にとってはね。
でも、おもちゃってのは無限にあるので、どうしたって分類して整頓できないものが出てくる。そういうのを、暫定的にしまっておく箱というのが必要なんです。
それが、おもちゃじゃなくて、病気を分類・整頓するときにも、起こりうる。
従来の病名決定法、診断法ではどうにも名前をつけられないものに、とりあえず仮の名前を付けておくことを、「ゴミ箱診断」と表現するのだ。
なんだか雑な名称だよね。患者からしたらあまりいい気分はしないだろうな。
でもこのゴミ箱、実は、科学的発見の宝庫でもある。
だって、それまでの知識ではどこにしまっていいかわからないってことは、未知だってことだからね。
これから新しく知識が増えることで、思いもよらなかった新しい病気の概念ができあがるかもしれない。
そして、治療法が決まるかもしれない。
病気の名前をつけるってのは、昆虫とか水生生物の名前を付けるのとはちょっと意味合いが違う。名前を付けて整理整頓すること自体にも大きな魅力はある、それはそうなんだけれど、病気の場合は、さらに「治療法が選べるようになる」というすごく大きな意味がある。
ゴミ箱診断されているものが、いずれ、その病気がおさまるべき正しい箱へと、整頓されますように……。
病理医は、ときおり、そんなことを願う。