どことは言わないが旅行に来た。
久々に仕事ではない理由で空港に来た。必要以上にゆるんでいる。目の前で搭乗がはじまっているのに気づかず本を読み進めていた。はっと顔をあげたらもうほとんどの人がゲートをとおりすぎ、地上係員がちらちらとお互いを見ながらなにやら確認しているところが目に映った。
読んでいた本はあまりおもしろくなかったのでタイトルは書かない。殺人事件の犯人を元剣道部という設定で無敵にするのは陳腐だよな、と思った(たとえばなし)。
飛行機の中では別の新書を読んだ。つまらない。半分くらい読んであきらめた。スマホに入っているKindleでも読もうかと思ったが、電源を落としてそのまま目を閉じた。
昔はよく、機内オーディオで落語を聞いたっけな。シートポケットにイヤホンを探したけれど入っていなかった。そういえば今は、イヤホンは客室乗務員から受け取らなければいけないのだった。
このままのペースだと昼飯を食いそびれるな。
機内でもらったスープがどうやら昼食になってしまうようだ。今日はいろいろと、ずれている。
解剖当番にあたっていない休日を見つけて、直前になって航空券を確保した。かなり高かった。株主になればもう少し安く、変更可能なチケットがとれるのだという。株なんて買ったことがない。
まだ書くべき原稿は残っている。読むべき本もある。行かなければいけないところ、会わなければならない人、聞かなければいけない音、食べるべき味、語るべきエピソードがある。
そういうのを、いったん脇に置く。
ただそれだけで、口内炎が治る。
出掛けたさきは暑くも寒くもなかった。
来てきた服はユニクロだ。
靴だけは二足もってきた!
雨が降っても、思う存分歩いて濡らせるように。
明日、帰りの飛行機に、かわいた靴下で乗るために。
飛行機の時刻も持ってくるべき本も間違えるけれど、靴だけは間違わない。
履くべきものを履いていればなんとかなる。
替えの靴だけは忘れるな、あとはとりあえず、忘れていい。