のんびり働いていたらDMが来た。
大きな医療情報啓発関連イベントの企画に関するものだった。
ぼくは今回そのイベントに際し、ゲストではなく企画側として、立ち上げ時から関わってほしい、と事前に聞いていた。いよいよ企画が動き出したのだ。
ツイッターのDM通知はスマホに届くようにしてある。職場のデスクにおいてあるスマホがブーンブーンと長めに2回震えたらツイッターのDM。短く2回ならラインかSlackだ。3回だとメール。バイブレータのパターンがうまいことばらけてくれて、助かっている。
ブーンブーン。
これはツイッターのDMだとわかる。
この振動を聞いたら、パソコンでツイッターのDM欄を開く。リアルタイムでDMがストックされていく。いちいちスマホを手に取るよりも簡単でいい。スマホは伏せたまま放っておく。あとでまとめて通知を消去すればいい。
ぼくは公費PCに向かって仕事をしながら、私物PCの画面に表示されたスレッドにDMがたまっていく様子をちらちらと眺めていた。
グループのほかのメンバーがやってきた。
ブーンブーン。
4人目もやってきた。
ブーンブーン。
明日、Web会議をするという。
ブーンブーン。
ブーンブーン。
……あれ。
画面に確認できるメッセージの増え方と、スマホの鳴動とが、今、一致していなかったな。
数秒の違和感のあとに、ぼくは仕事の手を止めて、スマホをみた。
DMのアイコンが、1個ではなくて、2個表示されていた。
少しの混乱の後に、理由を察した。そうか、たまたま、このタイミングでもうひとつ、全く関係ないスジからDMがきたのだな。
ぼくはあらためてパソコンに向き合い、TwitterのDM画面を開き直す。
そこには確かにもう1通、先ほどのスレッドと関係ないDMが来ていた。
ある作家からだ。
送ってきて全く不思議というわけではないが、しかし、ぼくが尊敬するクリエイターである。唐突な連絡にぼくは瞬時におびえた。いったい何事だろう。
ツイッターのDMは、長文だったり、複数に分けて送られてきたりしている場合、メッセージの「一番新しい部分」が表示される。一番下の部分が出てくるわけだ。時系列順に読もうと思ったら、マウスを握って、スクロールで一番上に遡らないといけない。
果たしてそのDMも、チラ見しただけでは用件がわからない、長いものだった。
ぼくはマウスでメッセージの最初を探してスクロールをかけた。
……思った以上にずっと長い。
せいぜい0.5秒くらいのことだがぼくは不安になった。何があったんだ?
なんとそれは短編小説だった。ぼくはすかさずひとつの可能性に到る。
「送信相手を間違えたのだろう」。
おそらく編集者か誰かに送るはずだった原稿を、アイコンの色が似ていたなどの理由でぼくに送ってしまったのに違いない。
ぼくはこのDMは消去されるのではないか、と思って、5秒ほど待った。
しかし5秒後、ぼくはその小説を、冒頭から猛烈な勢いで読み始めた。
消えてしまう前に。ぼくはこれを読んでしまいたい。
尊敬する作家だ。できればすぐに、「送り先を間違えていらっしゃいませんか?」と返事すべきだと思った。
許される時間は5分。いや3分だ。
ぼくは2分で小説を読み終わった。
薄暗いライブハウスの中にぎっしりと人が詰まってモッシュを繰り返している、その中を、当たり判定を失った透明なぼくが、まっすぐ突っ切っていく。
高速で読み終わったぼくの頭の中は風景と情念で満ちてしまった。
落ち着きを取り戻さないままにDMを送る。
「送り先を間違えていませんか?」
しっかりと盗み見たあとで。
すると、何分もしないうちに、意外な返事が返ってきた。
「なんかそういうことをやりたかったのだ」という。
つまり送り相手はぼくでよかったのだ。
だったら、じっくりと読んでよかったのだ。
ぼくは、本当に読みたいと思っている作家の作品を、信じられないくらい早いスピードで駆け抜けるように読んだことになる。
空腹にボルタレンをビールで流し込んだような、にぶいダメージが一気に脳をゆさぶった。
ぼくはどう答えていいのかわからないままに小説の感想を述べた。2分で読んだ感想だ、どのみちたいしたものではない。けれどもぼくはそれでも揺さぶられていた。
脳しんとうの腹いせに、ぼくは以下のようなDMを送った。
「犬がいるでしょう。あの犬に、清少納言がDMを送ったら、犬はびっくりして心臓止まると思いますよ。あなたがぼくにDM送るというのはそういうことです。」
仕事に戻り、20分ほどまじめに働いた。
ふと顔をあげて、タイムラインを眺めると、そこに偶然、作家のツイッターアイコンがみえたが、表示名が変わっていた。
作家のアカウント名は、「清少納言」になっていた。
そういうことじゃねえ。