2021年9月2日木曜日

病理の話(572) インターミッション略歴の話

あんまり病理の話じゃないんだけどちょっと箸休めに。


や、すんません、このブログ自体が箸休めなんすけどね。気分転換に。




医療者が、ほかの医療者の前で発表をすることがある。それも、自分の病院で同僚相手に何かをしゃべるのではなく、学会や研究会と呼ばれる場所で、ステージに登ってパソコンを開いてスクリーンにパワーポイントを投影して、堂々と自分の研究成果や臨床の経験などを聴衆に向かってしゃべる機会があるのだ。


演者がしゃべる時間は、5分とか7分といった短い場合もあるし、60分とか90分のようにけっこう長い場合もある。前者は学会の「一般演題」というやつで、後者は「基調講演」だとか「特別講演」などだ。


で、この、長くしゃべるほうでは、演者がしゃべりはじめる前に、「座長」と呼ばれるその場を仕切る人が、しゃべり手を「紹介」するシーンがある。


このとき、おなじみの紹介方法がある。たとえばこんなかんじだ。



「本日ご講演いただくA先生は大変高名な方ですので、ご列席の皆様方は先刻ご承知でしょうが、恒例ですのでご略歴を紹介させて頂きます。A先生は○年、B大学医学部をご卒業され、C科学講座にご入局されました。専門医取得後、C大学大学院博士課程にて○○の研究に携わられ、学位取得後にD国E大学にご留学されました。帰国後、F大学にて准教授を勤められ、その後現職であるG大学C科学講座教授にご就任されております。所属学会は多数で、H学会、I学会、J学会の学術評議員及び理事を務められ、K学会春期大会の大会長を勤められました。ご業績は大変多くとてもご紹介しきれませんが、□□にかんするご研究は皆さんよくご存じかと思われます。本日はA先生から最新のL,M,Nのお話しをおうかがいできると聞き私も大変楽しみにしております。それではA先生、どうぞよろしくお願い申し上げます。」


A先生「過分なご紹介ありがとうございます、ご紹介にあずかりました――



恒例ですので、とか、過分なご紹介ありがとうございます、あたりは決まり文句なので、演者たちにとっては脳が半分寝ててもスッと出てくるワードであり、もはやあまり心もこもっていないのだけれど、それはともかく、


長い!


「他己紹介」は長いのだ。これを略歴と言うのだが一切略してないので笑えてしまう(まあ厳密に言うと確かに略してはいるんだけど)。そしてぼくは長年この「略歴紹介」が無駄だと思っていた。自分が講演するときには基本的にこのくだりを省略してもらう。座長はたいてい「紹介したがり」なので、「まあそうおっしゃらずに、先生の略歴を教えてくださいよ」みたいな言い方をしてくるのだけれど、自分のしゃべる時間が短くなるのがもったいないので、とか、聴衆はべつに私の略歴を聞きにきたわけではないので、とか、そもそも私は業績が足りないのでご紹介には及びません、などと言って断っていた。


で、まあ、これからもぼくが講演するときは基本的に略歴の紹介はご遠慮させていただこうとは思っているんだけれど、最近、それとはまた別に、


講演の前の略歴ってけっこう重要だよな……


と思う機会も増えてきた。自分が聞く側にまわったときに、講演した人の話があまりにすばらしいと、「やべ! 今の誰だ!? すげえよかった! この人の書いた論文とか教科書とか全部読まなきゃ!!」と思って、調べたくなってしまうのだ。そういうとき、略歴があると、調べやすくて助かる。


学会や研究会で大事なのは「講演の内容そのもの」なのはまあ間違いない。でも、あるプレゼンがすばらしいときには、「せっかくだからこの人の考えたほかのプレゼンも見てみたい」となるのは当たり前の欲求だ。


そこで最近ぼくが思うことなのだが、略歴紹介は講演の前にやるのではなくて、講演のあとに回してもらいたい。講演がすばらしかったらその人の経歴にも興味がわく。あるいは、講演の際に聴衆が目にする「ハンドアウト(手元の資料)」や、学会のパンフレットなどにきちんと記載してあればそれで十分である。


……ここまで書いて思ったのだけれど、多くの書籍が著者のプロフィールを「巻末」に載せているのは、あれ、すごくわかるなあ……。いい本を読んだ後ってその著者について知りたくなって、他の著書も読みたくなるもんな。