2021年9月14日火曜日

病理の話(576) お水が溜まる理由をぜひ

体の中に、さまざまな理由で「お水が溜まる」ことがある。


たとえば「膝に水が溜まる」というのはなにか。


これは、膝の関節包(関節をつつんでいる膜の中身)で炎症が起こっていることを示す……。


いやいや。これじゃよくわからないだろう。


「炎症が起こるとなぜ水が溜まるの?」という話を、もうちょっとちゃんとやろう。




「炎症」というのは基本的に、外敵に対する生態の反応だ。ばい菌やウイルスがやってきたときに、そいつを免疫細胞などによって叩きつぶすために、炎症が起こる。


免疫細胞は体内を巡回しているものが多い。どうやって巡回するかというと血管の中を泳いでいるわけだ。そこで、「あっここに敵がいるヨ」とアラームがなったら、現場の血流を増加させる仕組みがある。


ビビー! アラームが鳴るとパトカーが集まってくるわけだ。街中ではパトカーは道を通ってやってくるのだが、生体内だと、なんとより多くのパトカーがやってきやすいように、「道路の幅を拡張する」ということをやる。


道路というのはすなわち血管だ。敵がいる場所では、毛細血管が開き、血流が増える。


パトカーから大量の警官が降りてきて次々と犯人の立てこもった銀行内に突入するとき、警察官は道から建物の中に入るだろう。


免疫細胞も血管から外に飛び出てくる。だから血管の壁はスカスカになる。


内部の液状成分が外にしみ出ていくわけだ。そうすることで、ばい菌やウイルスがいる場所では、血流が豊富になるだけではなく、「水気が血管の中からしみ出てくる」ということが起こる。


このため、炎症があると、基本的にその周囲は水気が増えて、「腫れる」。蚊に刺されると腫れるのもこれだ。


肺炎だと「胸水」が溜まる。心筋炎だと「心嚢液」が溜まる。関節炎だと「関節液」が溜まる。腹膜炎だと「腹水」が溜まる。これらの「お水が溜まる」は、広い意味では全部いっしょで、炎症があるからお水が漏れ出てきているのである。



では、お水が溜まるときはぜったいに炎症が起こっているのか? というと……じつはそうとも限らない。


「血管が開いてスカスカになって水気が漏れる」以外にも、お水が溜まる理由はあるのだ。たとえば、もともと少量の潤滑液を流している部分で、「排水溝が詰まる」と、水の出口がなくなって、いっきに水の量が増えてしまう。


「リンパ浮腫」なんかはそれだ。リンパ液の出口がなんらかの理由で詰まってしまうことで、お水が行き場を無くして、水が増える。


また、お腹の壁にがん細胞が張り付いているとき、がんが「排水溝」を詰まらせることで、水が溜まることもある。「がん性腹水」はおそらくこれによるとされている(まだわかっていないこともあるが)。



このように、「なぜお水が溜まるんですか?」と言われても、その理由はひとつではない。となると、「あー水が溜まってますね」と、その場で起こっている現象だけを見ても話は解決せず、「なぜ、どのように水が溜まったのか」を見極めないと、状況は改善しない、ということになる。なんとなくクラシアン当たりが日ごろ考えていることと似ているかもしれない。