2021年9月28日火曜日

病理の話(580) 細胞を見分ける理由

「医者が顕微鏡まで使って病気を見まくる」というのは、よく考えるとなかなかちょっと、異常なことである。「そこまでする必要ある!?」と感じる人もいるのではないか。


窮屈なたとえ話をする。たとえばゴルフで、グリーンの上でパットをする前に、カップまでの距離をレーザー測定器で測ったり、芝の流れや傾斜をデジタル処理して計算したりするプロゴルファーはいないだろう。もちろん、試合中にそんなことやったらルール違反だと怒られるからという理由はある。でもアマチュアであってもやらない。なぜか? めんどくさいからである。そこまでしなくても人間の目と脳は、もう少しざっくりと、「なんとなくこうだよな」ということを判断できるし、実際、パットの腕さえあれば、ざっくりとした予測だけできっちりカップに入れることができる。


今、大事なことをふたつ言った。


・厳密な測定をしなくても、目や脳というのは意外と物事の本質をとらえている。


・厳密な測定をしたところで、運用の際に「技術的なブレ」(例:うまくパターのクラブを振ってボールを思った通りに転がせるとは限らない)があるので、そこまで細かく測ったところであまり意味がない。


これは、「測定」をめぐるあらゆる出来事に共通するポイントだ。



さて、話を戻そう。顕微鏡で人体内の細胞を見ることは「厳密な測定」である。そして、多くの医療は、じつはそこまでする必要がない。つまり冒頭の、「わざわざ顕微鏡まで使う必要がある!?」に対するお答えは、「そのとおりです、普通はそこまでしない。」となる。


たとえば、逆流性食道炎という病気がある。胃の中の酸が、食道の側にのぼってきて、胸が苦しく感じたり、なんかちょっとむせた感じになったり、刺激によって咳が出たりする。逆流性食道炎を診断して治療するときは、患者がどのようなときにどういった症状が出ているのかをきっちり問診する(話を聞く)ことが大切だ。症状の詳しい内容、症状が出るタイミング、特に食事や睡眠との関係(体を横にすると逆流が起こりやすくなることがある)などを丁寧に聞き取る。似たような症状を呈するほかの病気、たとえば胃炎、あるいは心臓の病気(これも胸が苦しくなるから)の可能性をきちんと否定することも大切。


で、逆流性食道炎に対しては、胃酸を減らす薬を出して治療をすることが多いのだけれど……。よく驚かれるのだが、「胃カメラ」を毎回やる必要はない。もちろん、症状が強い人や長く続いている人には胃カメラをすることもあるのだが、「そこまでしなくてもざっくりわかる」ので、ひとまず治療を始めて、それに対する反応を見ながら医者と患者が何度も相談して病気に対処していくことのほうが多いのである。


まして、逆流性食道炎のときに胃カメラを飲んで、食道の細胞を採取して、それを顕微鏡で見る必要性は……たま~にしかない


典型的な逆流性食道炎では細胞をつまんで顕微鏡で見たところで、「ああ、炎症が起こっているなあ。」以外の情報が増えないのである。だから病理医の出番もこない。


ではどういうときに細胞を見るのか? それは、「ぱっと見は逆流性食道炎だけど、一部分だけ、どうも雰囲気が違うなあ、がんが潜んでいたりしないかなあ」と悩んだときなのである。


そう、「細胞を見る」という厳密な測定は、「ざっくり判断することが難しい」ときに行われる。言ってみれば当たり前のことなんだけれどね。なんでもかんでも見てわかればいいってものじゃないのよ。




そしてもうひとつ。「細胞を見ることで、その後、医者の腕にかかわらずいい治療が選べるようになるとき」にも、病理は活躍する。さっきのゴルフのたとえで言うと、「パターの腕がどうであっても、キャディさんのアドバイスがあったほうが入る確率が高まる」みたいな話だ。「そこ、わかりにくいですけれど、絶対にボールが左に曲がりますよ!」みたいなアドバイス。知らなきゃ絶対カップインできない。まあ、わかっていても外すことはあるけれども、医療はいつもワンパットでカップインさせなければいけないわけではない。ツーパット、スリーパット、刻んで丁寧にカップインさせればそれでよい、という局面もある。


具体的には「細胞の種類ごとに抗がん剤の効きが違う」とかね。この話はそれだけでブログ数本書けるので今日はやりません。


あと、ぼくはゴルフやったことないです。プロゴルファー猿は見てた。