2021年11月22日月曜日

病理の話(599) 病理組織でフライデーしてもしょうがない

Twitterなどを見ていると、ときおり、病理の画像を1枚貼り付けて、「○○病の原因があきらかに!」と宣言しているツイートが流れてくることがある。


ここでいう「病理の画像」というのは、顕微鏡でのぞくプレパラートの写真であることがほとんどだ。H&E染色で色鮮やかに染まった細胞たちが、400倍くらいの倍率で撮影された写真の中に並んでいる。


でも、このような写真1枚で、「○○病の原因があきらか」になることは100%ない。断言していい。だからこの写真は多くの場合、「釣り」の画像である。それ自体にはあまり意味がないのだけれど、見栄えで視聴者たちをひっかけるためのエサだ。




たとえば病理の写真に「病原体」が写っていたとする。「いやーこれが写っていたらさあ、さすがに原因はこれだってわかるジャン!」というのは早計である。

その写真に写っている病原体は、ほんとうに病気の「原因」か?

たとえば火事でボンボン燃えている家のすぐ横に、ライターを手に持ちタバコを吸っている人がいたら、それは必ず放火犯か?

そうとはかぎらない。ちょっと怪しいな、とは思うけれど(火事場でタバコ吸うなよ……)。単なる野次馬かもしれないし、周囲の住人が驚いて見に来ただけかもしれない。


これと同じ事が病理診断にも言える。「そこに写っている何か」を、病気を引き起こした犯人と決めることはできない。「ただいるだけ」かもしれない。それがいかに「レア」な病原体だったとしても、である。火事場にマツコデラックスやタモリがいたら周りは騒然とするだろう。なぜこんなところに!? でもレアだからといって「あやしい、犯人かも」なんて普通は考えない。なのに、病理の写真になると、とたんに人びとは騙されがちになる。


ある物体が病気の原因であると決めるには、「モノを実際にみる」以外にも複数のプロセスが必要だ。それは統計学・疫学だったり、「健康なヒトにそれを加えてみて、本当に病気が起こるかどうか証明する」実験だったり(これって人体実験なので、そう簡単にはできないよ)、逆に病気のヒトからそれを取り除いて「ただちに」病気がよくなるかどうかを確認したり、さらにはその物体のまわりで「たしかにこいつが病気の原因であると思わせるような、生体の挙動」がいくつも起こっていることを確認したり(状況証拠とでも言うのかな)、そして最後には「どのようなメカニズムでそれが起こるのかをきちんと説明」したりしなければいけない。


よく考えると当たり前のことなのである。だって、裁判だってそうだろう。現行犯逮捕! のあと、逮捕した人が即犯罪者になるわけではない。まずは「被疑者」として取り調べが行われる。裁判だってときには何度もやる。そこまでやってはじめて「被告を○○の刑に処す」となるが、これが冤罪ということだってある。それくらい難しいのだ。

話は、一緒である。そこに犯人ぽいやつがいるからって即座に「犯人確定!」とやる作業が通じるほど、人体は単純ではない。少なくとも「現場の写真1枚」で裁判をやるやつなんていない。だから逆に、H&E染色のような「見栄えがする写真」を選んでツイートしている人はちょっと信用できなかったりする。週刊誌の写真ひとつで人生を狂わされた無実の人だっている、でも、人間はすぐこういうわかりやすいネタに心を持っていかれるから、ままならない。せめて知っておかなければ。