文字がちっちゃめ。要約すると、「AIができたからって病理医の仕事の重要性はかわりませんし、ヒトが病理医である意味はありますよ!」。
このステートメント、あえて誤解をおそれずに言うと、「こめかみに血管を浮き出させながら抗弁している文章」に読める。「必 死 だ な w」みたいに突っ込まれるんじゃないか。老婆心ながら気にかかる。でも、こういう文章を出したくなる気持ちもわかるので、無慈悲にツッコミするわけにもいかない。
現場でまじめに働いている病理医たちは、AIがどれだけ発展しようが自分たちの仕事がなくなることはないとわかっている。理由はこのステートメントに書いた以外にもいろいろあるのだけれど、たとえば、
「臨床医と、病理診断に関して電話でやりとりして、患者を救った経験」
が一度でもある病理医は、この先どれだけAIが発展しても、自分の仕事が奪われるとは思わない。AIは参考診断を出すことはできても、「病理診断報告書を主治医との間に置いて会話する」ことはできないからである。
もっとも、未来のAIが「ドラえもん並みに自律して思考する」ならば、話は別だ。仮にそんなAIができたら病理医どころかありとあらゆる仕事の意味が変わる。外科医も内科医もいらなくなって、薬剤師による患者への細やかな服薬説明、看護師による生活指導、ソーシャルワーカーによる社会的支援、リハビリ関連のもろもろ、などがあれば医療はほぼ成り立つようになる。医者だけが要らなくなる。でもそのためにはドラえもん型AIが必要だ。なお、ぼくはこのことを『いち病理医の「リアル」』(丸善出版)に書いたことがある。
話を戻そう。たいていの病理医は、「AIが発展しても自分たちの仕事の価値は減らない」とよくわかっている。そして、そのことは、病理医と仲良く仕事をしている臨床医たちもわかっている。つまり現場では「言わずもがな」だ。しかしSNSが発達して、あまり病理の仕事を知らない外野の人たちがいっちょ噛みできるようになり、状況が微妙に変わった。ものを知らない一般人が悪気もなくこういうことを言うようになった。
「AIが発展したら病理医なんて要らなくなるよなー」
無知から出る発言だからあまり目くじらをたててもしょうがない。病理診断の現場なんて一般の人にはわからない。こういうのはある意味、「煽りツイート」に似ている。芸能人があることないこと言われて叩かれるのと構図としては同じだ。でも、クソリプ耐性がないお偉方はそれを聞いてすごく怒る。真に受けてしまうのである。
「なんだと!? 病理医の仕事を知りもしないで適当なことを言うな!」
だからこういう血管ブチ切れ系のステートメントが出る。そしてくり返すがその気持ちはわからなくもない。実際、大学などに勤めていると、極めて優秀だが現場のことは知らない医学生が、「病理医には未来がないのかあ」と絶望してほかの科に進んでしまうことは経験されるようである。あのクソリプさえなければ病理医のタマゴが一人増えたのに! と憤懣やるかたないお偉方が、ステートメントと称して医学生の興味をつなぎ止めようとするのは理解できる。
ところで、たまに、病理医さえもが、「AIが発展したら自分の仕事はどうなるかわからない」と言ったりするので混乱に拍車がかかっている。誰かが「自分の仕事」と言ったらそれは文字通り「その人の仕事」であって、ほかの病理医はともかく自分のやってる仕事はAIでもやれる程度のことなんですよテヘへ、くらいの意味で読めばいいのだけれど……。
さて、このようないわくつきのステートメントを深く理解して、イメージイラストを描いてくださった方がいる。北海道大学医学部の学生なので、ぼくの遠い後輩にあたる。いまどきの医学生にはこんなことまでできる人がいるのかと、びっくりしてしまった。
私がステートメントを読んでひらめいたイメージを、イラストにしてみました。まず思い浮かんだのは、病理医がAIを従え仕事するという主従関係です。AI単独では診断を下すことはできません。病理医が仕事の一部でAIを使うことで、より効率よく、精度の高い仕事ができる。この関係は、人と警察犬や救助犬などの関係にとても似ていると考えました。そこで、AIを犬(ロボット犬)に見立てて、病理医が組織の中を歩きながら診断していくというイメージにしようと決めました。
病理検体を見る作業は「組織のなかをくまなく探検して病変を探していくこと」なのだなと思っています。ですから、イラストでも顕微鏡の中の世界で組織の上を歩き回り冒険し、AIとともに病変部を探していくような世界を表してみました。
AIを用いた病理診断は現在試用段階で、これから実践的に導入されて当たり前のものになっていくだろうと言われています。ですから、未来の世界をイメージするように、ロボット犬や空間に浮かぶモニター、パネル、最近増えている女性の病理医がスタイリッシュに仕事をこなすところ、そんな要素を詰め込んでみました。
うーんすばらしい。個人的には病理医とAIロボ犬が歩く組織の「フロア」、おそらく血球系の腫瘍を探しているのだろうと思われる点にぐっと来た。血球系腫瘍はAI診断との相性が、「まだ悪いけど、たぶん、この先すごく良くなる」と思われるジャンルである(アフォーダンス診断の精度が上がれば一気に弁別能が上がりそう)。このセレクトは意図的なのか偶然なのかわからないけれど、意図的だとしたら大したものだ。偶然だとしてもカンがいい。
こんなイラストを医学生が考えて描いてくれるってこと自体が尊い。ほんとうは日本病理学会公式アカウントにツイートしてほしかった、そうしたらいろんな人に届いただろう。でもまあ今回はぼくがツイートしてブログの記事にする、このような取り組みが今後も若い人の中から練り上がってくることを楽しみにしている。