2022年4月15日金曜日

病理の話(647) 渡されるバトンの色かたち

大腸カメラを例にあげよう。


消化器内科の医者が、健康診断の一環として、大腸カメラをやる。患者さんはお腹に力を入れないようにしたほうが楽です。医者は看護師さんとともに、患者が息を吸ったり吐いたりするタイミングを指導しながら、なるべく痛くないように、カメラを入れていく。

しばらく進めていくと大腸と小腸の境目にたどり着く。そこから、ゆっくりとカメラを抜きながら、粘膜を油断なく観察していく。

病気が見つかった。たぶん、「ポリープ」だ。それはもう、一瞬でわかる。目に入った瞬間に、「あっポリープだ!」とわかる。


人間というのはふしぎで、動物園でライオンを見かけたときに、「猫科のなにものかが歩いているな……」とか、「足が4つあってしっぽがあってたてがみがある動物がいるようだ……」とは思わず、即座に「あっライオンだ!」と概念が脳に飛び込んで来る。理屈じゃないんだよね。ライオンはライオン。

ついでに言えば、ライオンだ! のあと、観客はそれ以上何も検討しなくてもいい。年齢は何歳くらいなのか、出身がアフリカなのかアジアなのか、好きな食べ物はなにか、みたいなことを気にする必要はない。わぁライオンだ! で十分楽しめる。


しかし、ポリープだ! で終わってしまっては治療方針が決まらない


ポリープが2 mmくらいしかなく、表面に腫瘍(しゅよう)成分がなく、ただなんかちょっとそこが盛り上がっただけ、というものであれば、そいつは別に手を下さなくていい(切り取ってしまわなくて大丈夫)。


しかし、ポリープが15 mmあって、腺腫(せんしゅ)とか癌(がん)がそこに発生しているようだと、ポリープを切り取って病理検査に出さないといけない。そのまま放置しておくと、どんどん病気が体にくいこんで悪くなっていく可能性がある。


ポリープを採ってこようと思ったら、ポリープの根元の部分でがっちりと大腸の中に病気が食い込んでいる、なんてこともまれにある。この場合は、ポリープだけでなく、周りの大腸ごと採ってこないと治療としては不十分になる。



消化器内科の医者は、ポリープを見て「あっポリープだ!」で終わらせることなく、「どんなポリープか」をすごくちゃんと見る。サイズ、形状、色、周りの腸管のふんいき……。

そして、「たぶんこうだ!」と診断してから治療に入るわけだが、この、「たぶん」というのがくせものだ。

表面から見ただけではわからない、病気の細かいニュアンスというのもある。細胞レベルで何が起こっているかまで確認しておいたほうが無難だし、病気のこまかなタイプに応じた、オーダーメードの治療ができる。



そこで病理ですよ。



ポリープを採ってきたら病理医が顕微鏡で見る、そうすることで、大腸カメラを通じて消化器内科医が見たのとはひと味違う観点で、ポリープのより詳しい性状を、あますところなく観察し尽くすことができるのである。



たとえばこのように、消化器内科医と病理医は、いつもバトンの受け渡しをしている。「このポリープはこんなふうに見えたけど、実際、顕微鏡だとどうだったの?」というように、形態診断の受け渡しが行われるのだ。病理医は細胞だけ見ていればいい仕事ではない。現場で患者と向き合っている医者が考えていることをスキャンして、その疑問に迫っていかないといけないのだ。