署に連れて行こう!
ドアを半開きにした個室で、窓際のイスに座らせて、刑事ふたりで取り調べを行おう!
「で? お前、なんかやったろ?」
「いや……何? いきなり……」
これでは成り立たないわけですよ。犯罪捜査はね。
その人がなんらかの悪人かどうか(罪を犯しているか、あるいは未遂であっても、これから罪を犯そうとしているか)は、その人をいきなり警察署に連れてきて、周りの環境と隔絶させてしまうと、よくわからなくなる。証拠がぜんぜんないんだもの。
確実な犯罪捜査は現行犯に限る!
その人が今まさに何かを破壊したり誰かをカツアゲしたり麻薬を注射したりしている瞬間を狙って証拠保全する。これなら誰にも文句は言わせない。
ただ、できれば、犯罪を未然に防ぎたいのがみんなの願いである。
「あっ、いまからこいつ、放火しそうだぞ! では現行犯で逮捕したいから、火を付けるまで待っていよう」ではだめだと思います。
犯罪者を、できれば犯罪が発生する前に捕まえたい。そこで参考にするのは何かというと、
1.持ち物
2.取り巻き(仲間)
あたりです。
1.→ ナイフや拳銃、麻薬をポケットに入れている人が、チャッカマンと文化焚き付けを持って家の前で古新聞を前にニヤニヤ笑ってたらもうそれは犯罪でいいじゃん。
2.→ その人が暴力団事務所みたいなところに出入りしており、前科100犯くらいある犯罪グループの構成員と同じイレズミをバリバリに背中に彫ってたら、なんかめちゃくちゃ怪しいやんけ。
これとほぼ同じ事を、病理診断でもやっています。
ある細胞が正常の細胞と比べて、核が異常にでかいとか、核小体がギラギラ顕在化しているとか、細胞質の色調が違うというように、「見た目がおかしい」と思ったら、そこでまずチェックをする。職務質問みたいなもんです。
その細胞が、現行犯で、建造物侵入(病理では浸潤と言う)していたら。あるいは、器物損壊(病理では浸潤先の臓器を破壊すること)していたら、それはもう現行犯逮捕です。お前は「犯人(がん)」だ、ということで確定。
ただし、現行犯じゃない場合は難しい。
まだ浸潤していない細胞。
「きみはまだ罪を犯していないから、放免~」としていいだろうか?
その半年後に、ばりばり臓器に侵入していたら、捜査員としては後悔しきれないだろう。
「がん」は早期発見したいですよね。
できれば「罪を犯す直前くらいで捕まえたい」。未然にね。
で、まだ罪を犯していない細胞を、いきなり署に連れて行く(その細胞だけをピンポイントで、顕微鏡で拡大して観察する)と、これは罪を立証するのが難しいのです。
だからいろいろと工夫をする。
1.免疫染色を用いて、異常な持ち物がないかどうかをチェック。
→がん細胞は正常の細胞とは違うタンパク質を持っていることがあるのでね。
2.その細胞の周囲にある細胞をチェック。
→「アジト」的なものを作って、似たような顔付きの細胞が徒党を組んでいたら、そいつらはまだ何もしていなかったとしても「犯罪集団では?」と予想することができる。
わたくし、がん細胞捜査としてはそこそこキャリアが長いんで、現場のカン的に申し上げますと、「1」も大事だけど、「2」がけっこうカギですね。これができるとできないとでは検挙率が違うし、捜査のスピードもまるで違う。
話は少し変わるけど、ちまたのAI病理診断のやりかたを見ていると、どこまでもその細胞だけを見て良性・悪性の判定をしている場合が多い。現行犯逮捕にこだわっていたり、あるいは、持ち物検査ですべてなんとかしようと思っていたり。
でも、本当は犯罪捜査って、ある細胞「だけ」を見て良悪の判断をするんじゃなくて、周囲との関係がすごい大事だと、少なくともぼくは思っています。AIもたぶんそうだよ。これはカンだけどね。
いずれ現職の刑事さんにも捜査のコツを聞いてみたいものだ。