2022年8月17日水曜日

病理の話(688) 病理診断によって治療法がどれくらい変わるか

手術や検査で体の中から採ってきた臓器は、ほとんどの場合、病理医によって細かく調べられる。「ほとんどの場合」というのは、たとえばダイエット目的で腹から吸引した脂肪などは見ないこともある(らしい)からだ。


手術で採った胃、胆のう、肝臓、乳腺、肺……といった「臓器まるごと」はもちろんのこと、体の外から細い針を刺して吸引した髪の毛のような細い検体や、極小のマジックハンドのような鉗子(かんし)でつまみとった消しゴムのカスより小さいカケラであっても、病理医は顕微鏡で検索をする。


そして、「病理診断」をする。なんのために? 病理診断によって、「その後の治療」が左右されるからだ。


では「治療が左右される」とはどれくらい左右されるのだろうか?




たとえば肺にできた「できもの」を、手術をする前に検査目的で、少し摘まんで採ってきたとする。それが「腺癌」であったときと、「扁平上皮癌」であったときと、「小細胞癌」であったときと、「カルチノイド腫瘍」であったときと、「ランゲルハンス組織球症」であったときと、「大腸癌の転移」であったときと、「結核」であったときと、「子宮内膜症」であったときでは、すべて治療が異なる。その異なり方も、ちょっと違う、くらいのものではなく、ぜんぜん違う。手術を先にやるパターン、抗がん剤を先に行うパターン、その抗がん剤だって癌の種類によって全く違うし、病名によっては「無治療でしばらく様子をみる」こともありうるのだ。


さらに。

たとえば大腸にできた「できもの」が腺癌であり、手術をして腸を切除したとする。すでに一つの治療が終了しているわけだがそれでも病理診断をするのか?

するのだ。

手術で採ってきた腸の中にある癌細胞が、「固有筋層までしみ込んでいる」のか、「漿膜下層までしみ込んでいる」のか、すなわち「広がり方の違い」によって、手術のあとにどのような治療を追加するかが異なる。抗がん剤をすぐに追加するときもあれば、抗がん剤をせずに様子をみるときもあるのだ。



このように、原則的に、「病理診断」の結果によって、その後の治療方針は大きく異なる。したがって、主治医は、いったん採ってきた臓器(あるいはそのカケラ)を病理医にわたしたら、病理診断結果が出るまでは患者と次の治療についての相談をできないことも多い。


病理診断は「近未来予測ツール」である。その病気がどのような悪さを、悪徳ポテンシャルを持っていて、この先どういうふるまいをしうるかを高精度に予測するものだ。よって、病理診断の書かれた報告書を前にした主治医は患者と「未来の話」をする。

本当は、病理診断には、今ここにある細胞がどのようなものかという「現在」や、どうしてそんな病気が発生したのかという「過去」をも含んでいるのだが、すべての時間軸についていっぺんに話せるほど主治医と患者が長時間面会できないというのが今の医療の限界ではある。この先、もう少し話せるようになる時代がくるといいのだが……これもまあ、未来の話だ。