何もしていないのだがイヤホンの調子が悪い。
電源を入れるとふつうはすぐにスマホと接続するはずなのだが、一瞬、「ペアリングしています……」としゃべって、そこから「ペアリングしました!」までに5秒くらい時間がかかって、それからようやくスマホに「接続しました!」と言われる。前はこんなにもっさりしていなかった。
このワイヤレスイヤホンは、スマホ以外のPCとかiPadなどとはペアリングしていない、いわゆる一夫一婦制の登録をしている。したがって本来ならば電源をつけたら唯一の相方であるスマホと瞬時に接続すべきだし、実際今まではそうだった。
どうしたのかな、倦怠期なのかな、などと考えている。
イヤホンにはいわゆる「頭脳」的なものは搭載されていない。ネットワークとも接続していないから勝手に更新されることもない。したがって、ペアリングまでの時間が妙にかかるようになった原因はスマホにあるはずだ。
しかし、イヤホンの電源を付ける度に竹達彩奈の声で「電源オン!……接続しました!」と言ってくれていたものが、「電源オン!……ペアリングしています……ペアリング成功しました! 接続しました!」に変わってしまったことがぼくの脳に深く印象づけられており、なんだこのイヤホン調子悪いな、という気分になる。本当はたぶんスマホのせいで、イヤホンを責めるのはお門違いなのだけれど。
そういうことがある。
ぼくらは何か不都合がおこると、まず、自分と一番濃厚にやりとりをしている部分……インターフェースの部分……を「犯人」だと思ってしまう。今回の場合も、おそらく原因はスマホのアップデートによるなんらかの不具合なのだが、イヤホンから進捗が聞こえてくる以上、「なんだこのイヤホン調子悪いな」と感じてしまうのである。同様のことはあちこちで起こっていて、たとえば、感染者数が激増して病棟も外来もパンクしている状態で、医療体制が完全に崩壊している中、患者と応対した事務員が「すみません、本日こちらにはかかれません」と告げると患者が事務員に対して怒鳴る、みたいな場面をしょっちゅう目にする。その事務員は、スマホではなくイヤホン的な存在のはずだ。しかし患者はなぜかスマホ(病院)側ではなくイヤホンに対して激怒する。そもそも、医療崩壊の原因はイヤホンはおろかスマホでもなく、「ネットワーク回線」にあたる国民全員の統計学的動向に求めるべきなので、ここでは二段階の「インターフェースを諸悪の根源だと思ってしまう錯誤」が働いている。
接続が遅くなったワイヤレスイヤホンをあきらめて、有線のイヤホンに変える。スマホに挿すと「接続しました」の一言もないがとにかくすぐに音が出てくる。「あーやっぱこういうときは有線が頼りになるなー」なんてことを言う。なんのことはない、有線イヤホンだと、「スマホが悪さをしないから」不具合にならないというだけのことなのだが、結果的に、「ワイヤレスよりも有線のほうが使える場面がある」みたいな言い方になる。ユーザーからするとそれで何の問題もない、しかし、ワイヤレスイヤホンからしてみれば、自分のせいじゃなくてスマホのせいなのに……と愚痴りたくもなるだろう。たぶん、社会にも、これと似たようなことがしょっちゅう起こっている。怒るべき相手はイヤホンではないのだ、本当は。