2023年3月7日火曜日

病理の話(753) 病理医を目指す人におすすめの書籍

医学生、初期研修医、後期研修医(病理専攻医)の順番に、「将来ガチで病理医をやりたいと思っている人におすすめの書籍」を書いていきます。


1.まだ医学生だが今から病理診断についての知恵を高めておきたいという人へ



これが一冊目!? と驚く人がいるかもしれないが、ぼくは基本的にここからはじめるのがいいと思っている。第1章として「炎症の担い手:浸潤細胞」という項目があり、形質細胞、好中球、肥満細胞、リンパ球、好酸球、単球/貪食球/組織球についての細かな説明と豊富な写真が載っていて、これが必読なのである。

この際だからはっきり言うが、「腺癌かどうか、扁平上皮癌かどうか」なんてものは誰に教わらなくてもなんとなくわかる。医学部にすでにいる人間の頭脳であれば、ネットで落ちているアトラス(日本病理学会の「病理コア画像」などが有名)などを見れば十分に理解できてしまう。将来的に、がんの組織型の分類などはAIも用いて便利になされていくだろうし、そのへんの感覚は焦って本を読んで準備する必要もないと考える。

いっぽうで、炎症細胞の見え方や「こう見えたらこういう意味がある」という勘所は、たとえガチで病理医として勤務していようと、「教えられ方」が悪い場合は5年経っても10年経ってもふんわりとしか理解できない。ぼくより年上の病理医であっても炎症細胞の解釈にあまり興味がない人は山ほどいる。しかし、臨床医とコミュニケーションを取り続けると、じつは病理医から見える「炎症細胞の出現様式」ほど臨床医にとって役に立つ情報もなかなかないということに気づく。

初期研修では病理だけを勉強することはできず、むしろ臨床のさまざまな科で研修をしていく。そんな医学生・初期研修時代に、「どの科においてもそこそこ役に立つ炎症の話」を病理目線で予習しておくと、かなり役に立つのではないかと思われる。真っ先に勉強するなら、炎症だ。自分でいちはやく勉強するなら、炎症だ。



2.初期研修医の間に病理医についてのモチベーションを高めておきたい人へ

病理検査室の実務的な部分を予習したり、もうすぐ先輩になる病理医という人たちが具体的にどういう動きをしているのかをあらかじめ知っておいたりするのがよいだろう。医学生の時期にも言えることなのだが、初期研修医までの間はどれだけ病理組織の勉強をしたところで、実際に自分がなんらかの症例(リアルな患者)を担当していないと、知識が上滑りするばかりでなかなか症例ベースの勉強はできないものだ。一方で、これから一緒に働く人たちの信念や環境みたいなものがきちんと書かれた本は早めに読んでおいたほうが役に立つ。となるとまずはこの3冊ではないかと思う。





これらに共通しているのは「仮想オーベン(=指導医)」としての質の高さと、病理検査室での実務の風景が浮かぶような構成になっているということ。いずれも通読が可能な高いリーダビリティを誇るので、どれかを見つけたらぜひ読んでほしい。


3.後期研修医=専攻医となり、実際に病理診断をはじめている人へ

この時期からは生涯無限に本を読むことができる。おめでとうございます。ただし、切り出しを覚えたり病理解剖を覚えたりするのにまずは必死だろうから初期に読める本は少ないかもしれない。勤めている病院のルーティンのどれが自分に回ってくるかによって、読まなければいけない本も変わってくるだろう(大腸ポリープばかり勉強しなければいけない人もいるし、乳腺を多く診断する人もいるだろう)。

そういった各論的ずれはともかくとして、多くの人は文光堂の『外科病理学』(I, II)を手元に用意してあらゆる疾患に対応しているのではなかろうか。クソ高い本だが、どこの病理検査室にもまず間違いなく置いてあるので借りて読めばよい。なんならボスに命じられて出張した外勤先にもこの本が置いてある確率は高いだろう。電子版をiPadに入れている病理医もたまにいるが……どうせどこにでもあるからな、という感覚。でも個人で購入している人もけっこういると思う。初任給で買えばいいのでは?

どこの職場にもあり、かつ、全国津々浦々の病理医が診断に用いている本というと、文光堂の『腫瘍病理鑑別診断アトラス』(通称:白い本)も有名だ。がんを診断するなら何度も何度も首っ引きであろう。一方で、このシリーズは当たり前だががんのことしか載っていないので、卵巣の良性腫瘍・嚢胞とか、整形外科から出てくる良性腫瘍、炎症性腸疾患への生検、腎生検、骨髄所見などを調べて書く役には立たない。

「がんの診断については専門書が職場にいっぱいあるからいいとして、病理医として勉強を深めるために誰もが読んでおいたほうがいい本」みたいなのはあるか、という話。ある。たとえばこれだ。


病理診断においてさまざまな臓器で当たり前のように用いられる「専門用語」の解説が細かい。臓器横断的な病理診断の考え方のようなものがちりばめられている。同様のニュアンスを洋書で達成しているシリーズに、『Quick Reference Handbook for Surgical Pathologists』というのがあり、こちらは英語が得意だろうが苦手だろうが手元に置いておくと病理研修の序盤から中盤くらいで大活躍する(特に病理診断系の論文を読んで出てくるDeepLでも読み解けない謎の形態学用語を知るのにいい)。


あとは……

・皮膚病理系(斎田先生か阿南先生からはじめるのがいい。泉先生の本は基本をある程度勉強してから読むとぐっと読みやすくなる印象がある)
・婦人科の非腫瘍系(内膜の日付診や良性病変の細かい鑑別用。ぼくは古いものしか知らないので申し訳ないがあまりここには書かないほうがいいかも……)
・骨髄系(骨髄疾患診断アトラス/中外医学社がいちばんいいかなと思うが、臨床的な事項が書いたWHO血液腫瘍分類/医薬ジャーナル社なども検査室にあればたまに目を通すと役に立つ)
・非腫瘍系の骨・関節疾患(そのままずばり非腫瘍性骨関節疾患の病理/文光堂が強い)
・肝炎(全陽先生の組織パターンに基づく肝生検の病理診断/日本メディカルセンターが超強いのでこれが一番いいのではないかと思う)

このあたり、病理検査室にたいていあるだろうからそれらを借りてたまに読んでおくことをおすすめする。ところで腎生検や脳腫瘍などは専門性が高すぎるので書籍だけでがんばっても限界がある。ただ、腎生検はたまにいい本が出ているので個別にいろいろな人に聞いてみるといい(ここで書いてもいいのだがぼく自身があまり腎生検をまじめにアップデートしていないので責任が持てない)。


4.その他

自分でこうして2日に1回「病理の話」を書いておいてアレだが、「ブログで病理を勉強する」のは無理である。勉強をさんざんしている人が遊びで読んで「あらそんなこともあったのね」と次の勉強のきっかけにすることは誰もがやっていると思うが……はっきり言うと病理系で「優れたブログ」は存在しない。「おもしろいブログ」は結構あるので趣味でじゃんじゃん読めばいい、ただしブログベースで勉強をするのは無謀だ。これは海外のブログも含めてである。英語で書いてあればなんだか格調高いように思えるかもしれないが、実際にはそういうブログの著者はもっといい書籍を書いている(日本よりはるかに稼ぎにうるさい海外の病理医なのだから当たり前だと考えよう)。書籍は専門の編集者や共著者などの目を通している分、情報の精度が高いし画像のクオリティも良い。書籍>>>(超えられない壁)>>>ブログ、である。WHO分類やAFIPアトラスを端から通読していく手間を惜しんでブログを読んでいてはいけない。厳しいようだが病理医こそはそういう手間に精魂を込めるべきだ。ほかの臨床医が「時間がない」「気力がない」と言って読めなくなった本を病院の中で唯一……というほどではないけれど……読める人間が病理専門医でなければならないと思う。そこが我々の強みなのだ。

ところで、「自著」について、近頃はもうこういう本の紹介を目的とした記事ではなるべく紹介しないようにしている。そんなことをしたら今日のおすすめ全てが信用できなくなるではないか? 売上げとか人間関係とか自分の功名心などでバイアスがかかった本のおすすめほどクソなものはない(クソでもおもしろければいいのだけれど……)。ぼくは自分の本を一切読ませずに、他の人が書いた本だけで病理医を育て上げる自信があるし、病理医たるものそうでなければだめだろう。世の中には最高にいい教科書がたくさんあり、それを片っ端から読んでいける人間こそが病理医になるべきだからだ。



このブログ記事を見ている人の中にどれだけ病理を目指す医学生や研修医がいるかはわからない(ほとんどいないかもしれない)。それはそれで全くかまわない。ぼくはこうしてときおり自分の中でぼんやりまとまっている内容をブログの記事にすることで、現実にぼくのいる検査室を見学に来た医学生や研修医たちに、実際の本を手にとりページをめくりながら本の内容を流暢に紹介することができる、それだけで十分役に立っている。

あと、このブログを引用しながら「それよりもこっちの本がいいよ」とすすめてくれる病理医がもしいたら、そういう人を大事にしてほしい。人それぞれおすすめの本はあり、みながみな違った視点で病理の世界を切ろうと毎日格闘している。学ぶ人にとって今が一番いい時代だ、なぜなら、ネットを用いて指導医を無限に増やすことができるのだから。