2018年6月13日水曜日

病理の話(210)

ハンガリーの大学を出てから日本で医師になる人、というのがときどきいる。

当院の研修医にもいる。

ハンガリーとはまた唐突だな、とか、中国の方が多いだろ、とか、いろいろと感想はあるかもしれないが、あえてここでハンガリーの話を出すのは、ハンガリーが「病理大国」だからだ。



日本で病理学が軽視されているとは思わないが、給料やキャリアを冷静にみてみると、日本の病理医はわりと「縁の下」感が強い。一方で、アメリカでは病理医の給料は非常に高い(訴訟大国だから、という理由もあるかもしれない)。

そして、ハンガリーは、ぼくが知る限り「もっとも病理医がありがたがられている国」ではないかと思う。




ハンガリーの某大学医学部は、「4本の柱のうち2本は病理が立てた」とすら言われるくらい、病理学講座に力がある。あらゆるラボの中でもっとも豪華な研究室を持ち、病理医を目指す人の数も極めて多い。

医学部の授業では、かなりの力点を置かれて、病理の実習が開催される。

その実習は、「病棟で亡くなった患者の解剖を教授が行う際に、医学生たちが周りを取り囲んで参加する」というものらしい。はじめて聞いたとき、ぶったまげた。

医学生は、一年とか二年という期間、毎週解剖に立ち会うというのだ。そんなことは日本ではありえない。

へたをすると日本の若手病理医よりもハンガリーの医学生のほうが、解剖には詳しいのではないか。





日本病理学会もそのことをよく知っていて、「ハンガリー病理解剖ブートキャンプ」的なものを実際に斡旋している。
http://pathology.or.jp/news/whats/hungary-171203.html

ホームページをみると、この実習は「解剖を勉強したい医師向け」っぽく案内されている。日本で10~20件くらいは解剖したことがあると望ましい、ともある。

そんな人、日本だとおそらく病理医か法医学者しかいない。

けれど、ハンガリーでは「10~20件の経験」というのは医学生クラスを指すのだ。

これはすごいなあと思う。





さて、ハンガリーから当院にやってきた研修医は言った。

「日本では病理診断というと、だいたい顕微鏡なんですね。ハンガリーの講義ではほとんどが解剖実習で、マクロ(肉眼)で臓器をどう判断するかに力点が置かれており、ミクロ(顕微鏡)はおまけでした」

なるほど。

たしかに今の日本における病理診断というのは顕微鏡のイメージが強い。

実際の臓器を見て、触れて、臨床診断と照らし合わせようとするマクロ病理解剖学についてはややおろそかにされているふしもある。

一方で、日本ではCTやMRIといった画像機器が非常に普及しているため、ほとんど100%の患者に対してすぐに精密な画像診断を行うことができる(行うべきかどうかはともかく)。

そのため、解剖などせずとも体内で起こっていることの大半は推測可能、という理論が雨後の竹の子のように生まれ、病理解剖の件数は激減した。




どちらがいいとはいわないが、どちらも知っている人のほうが「巨人の肩の上に立っている」だろうな、とは思う。

とりあえずぼくはハンガリーからやってきた研修医に、ミクロ診断学とマクロ診断学の接点について指導をすることに決めた。