目の前に膨大な資料がおいてある。たとえば本棚5つ分(ほんとは単位は「架」かな?)くらいの専門書籍が積まれているとする。
「これを全部読んだら病理医として働けるよ」といわれて、そうかそうか、では端から読もうかな、とはなかなかならない。5年あれば読めるよ、といわれても、尻込みするだろう。
「いやいやこれ全部読むって、無理でしょ」がふつうの感覚だと思う。
「まずどこから読んだらいいのか教えてくれ」とも思うだろう。はじめにどこから手を付けていいかわからない。ある本を読むためにほかの本の知識があったほうが理解が早い、ということもあるに違いない。読む順番をおすすめしてほしい。
こういうことを、長年ユーザーに言われ続けて、改善しつづけているのが、たとえばスマホとかパソコンの説明書だと思う。Nintendo 3DSやSwitchの説明書でもいい。
たぶん、マシンの全てを理解しようとすると、ものすごい量のページをめくらなければいけないだろう。でもそんなことは、ふつうのユーザーはしない。できない。やる気がない。
そのことを見越して、たいていの電子機器には、「まずはここから」とか「スタートアップマニュアル」みたいなものが、本格的な説明書とは別に用意されている。
病理も一緒だ。病理学を勉強したい人は、まず、スタートアップの仕方でまごまごする。そういう簡単な説明書をまず読ませてくれ、と考える。
「人体を学び、病理学を身につけるためには、とりあえずどの本から読んだらいいでしょうか?」
「どうやったら顕微鏡を見られるようになりますか?」
こういう類いの質問を、医学生とか研修医などから多く受ける。
この質問に、「とりあえず本棚5個分の教科書をお伝えします。」では、いかにも不親切だ。
やはり、本を読むにも、順番というのは大事なのである。
ただ、病理を勉強したいのは何も医学生とか若い医師だけではない。
その領域でもはやエースと呼ばれるくらいの中堅臨床医が、自分の専門にしている臓器や病気のことをさらに知りたいと思って、病理組織学の勉強を始めるケースもある。
30~40代くらいの医師が読むべき「まずはここから」と、20代そこそこの医者のたまごが読むべき「まずはここから」の文章は、違うだろう。
今までWindows PCを使っていた人がはじめてMacbookを持ったときに読むマニュアルと、今までスマホすら持っていなかった人がはじめてiPadを持ったときに読むマニュアルは異なる。それといっしょだ。
では、病理学のスタートアップマニュアルとは、いったいどのような内容であるべきだろうか?
今までの医療教育で、この、「教わる方のレベルとかニーズに応じて教え方を変える」ことをどのように解決してきたかというと。
「徒弟制度」によって解決してきたふしがある。
すでにある程度、マニュアルの読み方がわかっていて、読む順番も覚えているような人の元で、実際に「マシン」にフレながら、習熟度に応じて、「次はこれを読んだらいいかな」「ここまでわかっているならこちらを読んだらいいよ」と、適宜アドバイスをもらう。
本棚に本を揃えるだけではなく、師匠を探しておくという考え方だ。
みんなそのことをわかっているから、「病理学の研修をするならどこの病院がおすすめですか?」という質問が出てくる。
かんたんにだが、ぼくが考える「病理学スタートアップマニュアル」を以下に述べる。あくまでスタートアップである、ということだけは注意しておいてほしい。そして、このマニュアルは、あなたの立場によって変わるので、項目を分ける。
【1.すでに臨床でばりばり活躍している現役の医療人。自分の仕事を充実させるために病理組織学が必要だという人。】
<分岐A: あなたの施設の病理医は話し掛けやすいですか。あなたの仕事を丁寧に説明したら相談に乗ってくれますか>
A-1: はい、自施設の病理医とは仲良しです。
→臨床家であるあなたの会話に興味を示してくれる病理医がいるならば、日頃から一緒に仕事をしているその人に病理を教わるのが、スタートアップとしては一番らくで、かつ効果的です。大きな病理学講座で多数の病理医に総論からじっくり教わるよりも、あなたが必要としている内容にあわせて個別のチュートリアルをしてくれる人に教わるほうが、最初は伸びがいいと思います。
A-2: いいえ、施設に病理医がいません、あるいは話し掛けてもあまり乗ってきません。
→あなたが参加する臨床系の学会などに、たまに病理医が参加しています。演題をなんらかの形で出したり、あるいはシンポジウムで発言しているような他施設の病理医がいるはずです。その人をとっ捕まえてメールしましょう。どんなに偉い人でもいいです。雲の上みたいな人でもかまいません。えらい病理医ほど、頼られるのが好きなはずです。問題ありません。「突然で申し訳ございませんが、臨床に活かすために病理の勉強がしたいのです。ご教授いただけませんか」。ハードル高すぎだろ、と思うかもしれませんが、すでに専門家であるあなた(医者でなくてもです)は、これくらいのハードルを飛び越えて病理を勉強した方が後々まで役に立つはずです。というかそうしないと勉強になりません。
【2.医学生、初期研修医】
<分岐B: 将来、病理医になりたいですか。>
B-1: まさか。将来は臨床医になります。
→自分の研修する病院に病理診断科があるならば、初期研修の2年間のどこかで1~2か月くらいローテートで病理を回るのがいいかと思います。この場合、<分岐A>のように病理医が親しみやすい人かどうかを確認しておいてください。
B-2: はい。将来、病理医になることも考えています。
→初期研修が終わるまでは臨床の勉強でいいと思います。後期研修で、多くの病理医がいる病院や、できるだけ関連病院が多い(デジタルパソロジー連携も含む)大学病院病理部で研修すると、さまざまな病理医のやり方をみることができ、自分がどの方向の病理医になりたいかが見えやすくなります。
【3.医師以外の医療者】
<分岐C: あなたと同じ職種の方に、病理の勉強をしている人がいますか。>
C-1: います。それを見てうらやましいと思いました。
→医師以外の医療職で病理を真剣に勉強している人の数は少なく、教える病理の側もまだどのように教えたらいいのかよくわかっていない場合があります。すでに病理の勉強している同業者がいる場合、その人の師匠もまた「医療者全般に病理を教えるということ」について経験を積んでいますので、その師匠に自分も弟子入りするといろいろスムーズです。
C-2: いません。いないのでこれで天下取れるかなって思ってます。
→いい野心です。ただし、病理医に直接教わろうとしても、本当に自分のやりたいことと病理組織学がうまく直結するかどうかわからない場合が多いです。そのため、まずは、「あなたの仕事に関係のある臨床医」と連絡をとりましょう。たとえばあなたが診療放射線技師でCTやMRIの仕事をしているなら、放射線科医に相談します。あなたが内視鏡看護師であれば、内視鏡医に相談します。「先生が病理の勉強するなら、誰に教わりますか?」と聞くのです。臨床医学に病理の知識を持ち込んで何か仕事をしようとすることは、一部の臨床医がすでに通っている道ですので、おそらくあなたの同業者よりも知識が少しだけ豊富だと思います。懇意にしている病理医を教えてくれるかもしれません。
【4.非医療者】
いいアカウントがありますのでそちらに相談してみてください。
Twitter: @Dr_yandel