「216回目」という数字はべつにきりがよくもなんともない。
でもまあ今日はそういう気分だ。だから、真っ正面から、病理医とは何をする仕事か、病理診断とは何をやっているのかということを書いてみる。
患者は病院に行ったり医療者と関わることで、大きく分けて3つのサービスを得ることができる。
1.診断
2.治療
3.維持
である。
たいていの人は、病院という場所とか医療者という職業人にそれほど興味がないので、「2.治療」だけが病院のやる仕事だろうと思っている。もちろん、病気を治そうとし、症状を少しでもやわらげようとすることは病院の大切な仕事だ。
でも、それだけではない。病気の名前を決めて、その病気がどれくらいひどいものなのか、体のどこを侵しているのかをきちんと評価する必要がある。これを「1.診断」という。
さらに、「3.維持」というのが医療においては極めて重要だ。すでに診断もつき、治療も行っているからといって、患者がそれで世の中に放り出されるというのはありえない。病を抱えた患者にはサポートが必要なのだ。人はそれを介護の場面や、リハビリの場面、薬の飲み方を薬局で尋ねる場面、病気の予防法を本で探す場面などで実感する。人間が今まで通りの暮らしを「維持」しようとする試みこそは、医療ではもっとも手間がかかり、人手が必要な分野なのである……。
さてと、「3.維持」の話をだいぶ濃厚にしたのには理由がある。病院で働いている人の人数を考えてみると、じつは医者よりも看護師のほうが圧倒的に多い。これは、看護師こそが「維持のスペシャリスト」だからだ。維持こそは人数が鍵を握る。
ほかにも理学療法士、作業療法士、栄養士などはすべて基本的に「維持」のために病院に雇われている人たちである。
では、「1.診断」と「2.治療」を行う人は誰か?
これは原則的に医師が行うということになっている。
医師免許というのは、「2.治療」を行えるほとんど唯一の資格なのだ。だから、「2.治療」をやりたくて医者を目指す人が今でもいっぱいいる。
さあそうなると気になってくるのは「1.診断」の部分である。
病気の名前を決めて、その病気がどれくらい進行しているかを判断する仕事……。
ほんとにとっても大事な仕事なのだけれど、医者の半分くらいはこの診断に命をかけていると言っても過言ではないんだけれど。
病院の中で、「1.診断」だけをやって働いている人というのは、実はほとんどいない。
医者ならたいていは「2.治療」を一緒に行う。他の職種も同様だ。
で、今日の話だけれど、病理医というのは医者の一種である。
医者の一種ではあるが、普通の医者とははっきりちがう点がある。
「2.治療」を全くしない。そんな医者はほとんどいない。
「3.維持」を全くしない。そんな医者もめったにいない。
「2.治療」「3.維持」を両方とも全く行わない。そんな医者は病理医と研究者くらいのものなのだ。
病理医は処置をしない。処方をしない。薬を出さない。注射を打たない。心臓マッサージがヘタ。かっけの検査すらできない。簡単な傷も縫えない。飛行機でお医者さんはいらっしゃいませんかといわれてもいませんと答える。
そこまでして「1.診断」をする。
診断をする方法も変わっている。体の中からとってきた細胞を直接みる。実際に臓器をまじまじと見て、顕微鏡でさらに見る。どこまでも細かく見る。ときに、細胞の形とか配列だけではなく、細胞に含まれているタンパク質だけを特殊な技法で光らせて見る。酵素だけを見る。糖や脂肪すら見る。
そうやって、見て、考えて、分類して、考えて、概念を練り上げて、考えて、また見て、を繰り返す。
それで医者としての給料が得られる。なんとも不思議な仕事なのだ。
病理医は見たものを書いて残す。
患者と直接会話をしない病理医は、静かな部屋に座る。主治医からの連絡を読み、検査データを読み、CTやMRIの画像を読み、患者の背景を読み取り、病気の正体を読み取り、書く。
診断書を書く。
病理診断報告書を書く。
書いたものを主治医が読む。疑問に思えば電話をかけてくる。
病理医はその電話をとる。話す。ようやく話す。話すことがいっぱいある。でも時間はあまりない。適切にかいつまんで話す。
診断・治療・維持の三本柱の、診断だけ、それも細胞をみるという限定された環境下での組織診断という非常に細かく専門的な仕事だけをして、書く。
それが病理医である。
まあこんなとこかなあ。また100回くらい経ったら書きます。「いち病理医のリアル」という本を読むとこのあたりがすごくちゃんと書いてますのでおすすめします。えーと著者はだれだっけ……忘れました。そういえば重版かかりますといったっきりかからなかったな。値段が高すぎたんだと思うな。