2018年6月25日月曜日

病理の話(214) ゆうしゃと魔王では語れない

昔、医学部でぼくらはこのように習った。

「ある病気Aの原因は、○○染色体の転座によるものです。ですからこの染色体転座に対応した薬を使うとよく効きます」

「ある病気Bは、□□遺伝子の変異によって引き起こされます。現在この遺伝子変異をターゲットとした治療が開発されています」



そう、ある病気には、「黒幕」がいるという考え方だ。

魔王を倒せば世界は平和になるという考え方だ。



その後、さまざまな病気の遺伝子や染色体の異常を検索しているうちに、どうも話はそう単純ではないよなあ、ということを実感するようになる。

マイクロアレイシステムなどを使って多くの病気の「遺伝子異常」を調べている人たちは口々にいう。

「ひとつのがんの中にはさ、遺伝子の異常なんて数百とか数千とか存在するんだよな」

同じようなことを、医学部時代にも習った記憶がある。遺伝子変異というのは少しずつ蓄積していくのだということ。

ひとりの魔王がすべての現況なのではない。

状況はいつも多面的に悪くなり、黒幕は無数に存在するのだ、ということ。



習っていたにもかかわらず、ぼくは心のどこかで願っていた。

がんの黒幕にあたる遺伝子変異を叩けば、がんを直すことができるに違いない、と。

病気の原因はこれだ! と、犯人をひとつに決めることができれば、うれしいなあ、と。

サロゲート・マーカー。

分子標的薬。

これらは魔王を探すものであり、魔王を倒す秘薬だと思っていた。





調べれば調べるほど病気の原因というのは複雑だ。特に、「がん」の場合。

魔王を倒しても残党が力を持っているケースがある。

プチ魔王が数千寄り集まって魔王の町みたいなものを形成していることもある。




病気のくせに生意気だ。やつらは町であり国である。

ひとりのゆうしゃに賃金とどうのつるぎとたびびとのふくを渡して「倒してこい」で済むのならば、がん診療はどれだけ簡単だったろうか!